★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第13話 変化の代償
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《変化の代償》
残暑の気配は完全になくなり、頭上に広がる秋晴れの空と湿気のない心地よい風に心が踊る。
「いい天気っ。」
噴水が柔らかな音を奏でる豪邸のロータリーで嬉しそうに声を弾ませる優羽とは対照的に、どんよりと暗い空気をまとった者が数人。
「やだぁ〜、行きたくなぁいぃ〜。」
「わたしも行きたくありません。」
「こんな日くらい休ませてくれたらいいのに、人使いの荒い病院だよ。」
「まだいーじゃねぇか。俺なんか参加したくもねぇ、公共の面前に放り出されるんだぜ。」
学校の恒例行事ともいえる長期休暇後の学生生活を拒否する陸と戒の横で、仕事に対して苛立ちをぶつける晶と輝が文句の言葉を発していた。
だからなのか、家の敷地内から出るのが久しぶりなだけに、顔がにやけっぱなしの優羽の姿に複雑な感情がぶつけられる。
「優羽。くれぐれも知らない人には、ついていかないようにね。」
「晶、大丈夫だよ。」
もう何回目になるかわからない同じ忠告に、優羽は苦笑しながら根気強くそれに答えた。
心配してくれるのは嬉しいが、過保護すぎるのはどうかと思う。
いくらなんでも、18歳になる女の子相手に、知らない人はないんじゃないだろうか。
「わかってると思うけど、知ってる人にもついていかないようにね。」
「え?」
「やっぱり僕も一緒に行く!!」
「えっ?!」
普段は優しい晶に睨まれて一瞬たじろいだ優羽は、一瞬でも離れたくないといった風に抱きついてきた陸に足元をふらつかせる。
「僕も一緒がいいでしょ?」
いつも以上に潤んだ瞳で見上げられると心が揺れるが、そういう訳にはいかない。
今日は自由を満喫する。
そう心に決めている以上、ここで陸に負けてはすべてが無駄になる。
「ったく、優羽を困らしてんじゃねぇよ。」
「ちょっと、輝!何すんのさ。」
陸の腕の中からグイッと勢いよく引っ張られて優羽の体は反転する。
なぜか、目の前には正装した輝がいた。
「ほら、優羽もじっとしろ。」
一年に数度、会社に顔を出さないといけないらしい輝のスーツ姿から目が離せない。普段は作業しやすい服を着ている輝がスーツを着ると、まったく別人のように見えた。
忘れがちだが、やはりカッコいいと再認識させられる。
そんな輝が首もとに腕を伸ばしてきたのだから、優羽は真っ赤な顔のままゴクリと喉をならした。
「よし。似合ってる。」
「えっ、あ。ありがとう!」
ポンっと頭がのった手のひらの重たさに目を閉じた優羽は、その首にかけられた真新しいネックレスを見つけて輝に笑顔を返す。
嬉しい、ありがとう。
と、さらに弾んだ優羽の声が秋の空に響いた。
「いざとなったら、やはり心配でおかしくなってしまいそうだ。」
「え?」
輝の後ろから、万年スーツ姿の幸彦が寂しそうにあらわれる。
朝に顔を見合わせてからずっと息子たちから文句を言われ続けていたが、今は自分も行きたくないと会社に抗議の電話をかけていた。
その様子では、どうやら無駄足に終わったらしい。
「ありがとう、みんな。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」
なんとか笑顔でなだめる優羽の声が虚しく風にのって流れて消える。
新しい服、新しい靴、新しい鞄。整えられた髪と少しの化粧。そして新しいアクセサリー。
半年前の自分からは想像出来ない仕上がりに変身させてくれた家族には感謝するが、いつまでも玄関先で立っていてはこのまま一日が終わってしまう。
「ほら、遅刻しちゃうよ?」
実はもうずっと前から目の前に止まっていた車のドアを開けて、優羽はしびれを切らしたように男たちを収監した。
足取りは重く、不機嫌な顔もなぜかいちいちカッコいいと思ってしまうが、車に乗せることを目的とした優羽は見惚れる前に運転手をその席に急がせる。
「輝!」
「はいはい。わーってるよ。」
車のカギを取り出した輝も優羽の声かけに応じて、その身体を運転席に滑り込ませた。
それを確認した優羽は、最後に後部座席へと体を滑り込ませる。
座った隣では、先に乗り込んでいた幸彦が向かい合わせで座る陸と戒をなだめていた。
「もし優羽の身に何かあったらどぉすんのさ?」
「可愛いすぎて心配です。」
チラッと横目で視線だけを向けてきた戒に、ドキッと心臓がなる。
「だっ大丈夫だってば。」
そんなに気にかけてくれなくてもいいのにと口ごもった優羽の声は、かかったエンジン音にかき消された。
当然、運転席の輝と助手席の晶がそろってバックミラー越しに優羽を見つめている。
「おい、優羽。ちゃんと忘れずに持ってんだろうな?」
「携帯、鳴らしたらちゃんと出るようにね。」
「うん。持ってる、大丈夫だよ。」
ほらっと、カバンから取り出した優羽の携帯もこの日のために用意されていた。