★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第11話 嵐の前の静けさ
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《嵐の前の静けさ》
夏休みが終わり、金木犀の香りが鼻腔をくすぐり始めた季節の移り変わり目に、それはやってきた。
まだ雨は降っていないが、空は曇天で世界を暗く沈め、強まり出した風に窓が時々カタカタと震えている。
「休みだー!」
台風のため警報になったのだろう。急遽学校が休みになったと、陸の喜ぶ声が朝食の席に響いた。
「陸、うるさいよ。」
「ったく、警報くらいで休んでんじゃねぇよ。」
「そうですよ。学校はあいてるでしょう。」
陸とはうって変わって、警報ごときで休みにならない立場の兄弟たちは不機嫌そうに朝食を口にしている。
モグモグと動かす口に、文句も一緒に飲みこんでいっているらしい。
「優羽、なにして遊ぶ?」
「え?」
そんな兄たちを尻目に、話題を突然ふってきた陸へと、優羽はボーッと眺めていた意識を呼び戻す。
台風かどうかは知らないが、なんだかダルい湿気に朝から頭が上手く働かない。
「ねぇ、何して遊ぶ?」
キラキラと嬉しそうな瞳で見つめてくる陸が眩しかった。
「陸は何したい?」
「僕にそれ聞いちゃう?思春期真っ只中の男子高校生がしたいことなんてひとつしかないけど。」
「え?」
引き寄せられた肩に目が覚めたのか、優羽はパチパチと驚いたように陸が近づいてくるのを見つめていた。
「いったぁ?!」
あと数センチで唇が重なる一歩手前で、陸が頭を抱えてうずくまる。
「油断も隙もねぇな。」
「別にいいじゃん!」
暴力反対だと、輝に抗議する陸の元気は一体どこからくるのだろう。
「優羽、大丈夫ですか?」
「寝不足かな?」
ギャーギャーと騒ぐ輝と陸を横目に、戒と晶が心配そうに声をかけてくれるが、優羽は首を横にふってそれを否定した。
寝不足ではない。
「輝が激しいから優羽が寝不足になっちゃうんだよ。」
「人聞き悪いこと言ってんじゃねぇよ。ちゃんと寝かしてやっただろ?」
同意を求める輝に、優羽は顔を赤くしながら小さくうなずく。
いつからこんなに堂々と男女の関係を赤裸々に口にするようになったのかはよく覚えていないが、彼らは本当に覗いているのではないかと疑えるほど、寝静まった深夜に何が行われているのかよく知っている。
いつどこで誰が何を
とりわけ優羽の事に関しては、隠しカメラでも仕込まれているのではないかと思えるくらいに、彼らの観察力はバカにできなかった。
「試作品で遊ぶのもほどほどにしてください。」
「うわー。戒がそれ言っちゃう?」
「優羽が鳴いて喜んでりゃ問題ねぇだろ。」
「優羽は可愛いから、ついつい苛めたくなるだろうしね。」
交わされる内容に顔を赤くした優羽を無視するように、彼らは朝食を食べ進めている。
どこで反論を口にすればいいかわからないが、プライバシーという言葉はこの家の中にはないらしい。
世間のルールも魅壷家では無意味。
「わたしも休むことにしよう。」
何を思い付いたのか、カチャンとコーヒーカップが軽い音をたてて室内の空気を沈めた。
水を打ったように静まり返った朝食の席で犯人は新聞から顔をあげると、満面の笑みを子供たちにむける。
「どうだい、お父さんと勝負をしようじゃないか。」
そのたった一言で、台風が迫っていることを理由に、彼らは全員、休むことを選択したらしい。
ポツリポツリと雨が降り始めた。
「あ。雨だ。」
窓の外へと視線を流した優羽の言葉に、全員がすっと目を細める。
夏の渇きを潤すように、大地に恵みの雨が染み込んでいった。
「で、勝負がなんでドッチボールなのさ。」
ふてくされた陸の声が観客席に座る優羽にも聞こえる。
「みんな頑張って。」
まさか家の地下に体育館があるとは思っていなかったが、幸彦の言う勝負をつけるための代案がドッチボールだとはもっと予想出来なかった。
やるんだ。
正直な感想は胸にしまうとしても、危ないから観客でいなさいと仲間に入れてもらえなかったのは少し寂しい。
「じゃ、いっくよー。」
「ッ?!」
前言撤回。
あんなに可愛い顔をしているのに、陸は本当に悪魔なんじゃないだろうかと疑えてならない。
「危ないですね。」
普通の音ではない大砲のような玉を受け取った戒にも優羽は驚きを隠せないでいた。
「これ、ドッチボールだよね?」
誰にでもなく困惑した優羽の疑問は、視界にとらえるのも難しい早さで往復するボールの中に消えていく。