★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第9話 無駄に広い我が家
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《無駄に広い我が家》
ゴーっという聞きなれない音に気づいて、優羽は目をさました。
「あれ。あぁ、そっか。」
どうしてパジャマでなく、服を着たまま寝ているのだろうとベッドの上で今朝の出来事を思い出した優羽は、ひとりゴロンと寝がえりをうつ。
「ッ!?」
すっかり忘れていた。
目の前の卑猥な物体を目にしたせいで、寝ぼけていた頭が覚醒すると、優羽は慌てて跳ね起きた。
時計を見ると、もう夕方の4時をまわっている。
みんなは何をしているのだろうと思いを巡らしたところで、戒に押しつけられた仕事を思い出した。
「ど…っどど、どうしようこれ。」
あまりの恥ずかしさに触ることはおろか、目をむけることすら出来ずに優羽は"それ"と対面しながらベッドの上に座りなおす。
「せめて何かに入れないと。」
このままではどうにもならない代物を封じるためのものを探して部屋を見渡すと、ちょうどいい具合に布の袋が見つかった。
「これだったら中身も見えないし、直接触らなくてもいいから大丈夫かも。」
うんっと、ひとり納得した優羽は、次の瞬間にがっくりと肩をおとす。
よく見なくてもグロテスクなそれは、出来ることならこのままゴミ箱へ直行させたい。
「はぁ。よし、やるぞ!」
極力見たくないし、触りたくない。
横目にそれをとらえながら無駄に精神が消耗されていく。
「優羽、そろそろ起きろよ。」
「キャアアァッァッァァ!!」
「───ッなんだよ、起きてんじゃねぇか。」
心臓が飛び出すくらいビックリした優羽の悲鳴に、輝は高鳴りのする耳を押さえながら顔をしかめる。
「何してんだ?」
「なッなななな何もっ!別に何もない!」
突然顔をのぞかせてきた輝に、あわてふためく優羽の声が裏返る。
間一髪で卑猥な物体に覆い被さることに成功したが、あきらかに変な態度なのは一目瞭然。ベッドの上でおかしな体制をとっている優羽を不審な目で見つめた輝が何を思ったのかは知らないが、乙女の部屋へ無断で侵入するなり、彼はぐるりと部屋を見渡して、いつもの調子で手招きをした。
「どーでもいいけど、起きたら手伝え。」
「てっ手伝うって、何を!?」
かつて輝にさせられた"お手伝い"はろくなものじゃなかったと、優羽の顔がひきつる。
加えて、輝に"感想つき"で返却しなくてはならない物体を身体の下で感じている優羽は、ドキドキと早鐘をうつ心臓の音を聴きながら輝の答えを待った。
「大掃除に決まってんだろーが。」
「は? えっ? 掃除?」
予想だにしていなかった返答に、優羽は理解が追いつかない。けれど、すぐに先ほどから響いていた音の正体が掃除機だったことに気づいて「なるほど」とうなずいた。
「それで大きな音がしてるのか。」
「あ、もしかして起こしたか?」
だったら悪かったなと、輝は悪びれもせず謝った。
掃除機云々よりも、どちらかと言えば輝の創作物に目は覚めたと言いたいところだが、ここはあえて黙秘しておくことに越したことはない。
ふるふるとおかしな体制のまま、首を振ることだけで優羽は輝に大丈夫だという意思を伝えた。
「空気の入れ換えしてるから、着替えたら窓あけろ。」
防音効果も底抜けに響くほどの正体は、どうやら家中の扉や窓を開け放っているせいらしい。
そのせいで優羽の部屋にも、じっとりとした熱気は流れ込んでくる。
「小さいやつじゃ追いつかねぇからな。うるさいけど、我慢しろ。」
変な体制でまばたきする優羽に苦笑しながら輝は廊下を指差した。
あけられた部屋のドアの向こうで、輝の後ろを巨大な掃除機が音を荒げながら通り過ぎていくのが見える。
「………。」
見間違いではないらしい。
あれを掃除機と呼んでいいのかどうかはわからないが、まるで小さな車のような大きさを誇る機械に優羽は言葉を失った。
「こいつだけでも丸一日がつぶれるってのに、全員出はらってるから手が足りねぇんだよ。」
「え?」
輝以外に誰も家にいないのかと、優羽は首をかしげる。
「晶と戒は買いだし。まぁ陸は、お勉強中だけどな。」
「正確には、"だった"だけど。」
「「陸っ!?」」
いつの間にそこにいたのだろうと、輝と優羽は同時に笑顔を見せる陸に顔をむけた。
「もういいのか?」
「よくいうよ、わざとあんなもの引っ張って来て邪魔したくせに。」
あんなものとは、たぶんさっき通って行った掃除機のことだろう。
ことわりもなく部屋に入ってくるのはどうかと思うが、あきらめたように肩を落とす陸が相手では何も言えない。
たしかにこの騒音と暑さに支配された家の中は、勉強できる環境とは思えなかった。