★愛欲の施設 - Love Shelter -

□第8話 長い夏休み
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優羽のおかげでアイディアが事欠かないと笑う輝に、それぞれが苦笑する。
魅壷会社の主力商品は、目の前にいる兄弟がデザイナーである以上、たぶん半永久的に安泰だろう。


「そう言えば、涼はまだ見つかんないの?」


思考がすでに次の商品にむかった輝から、残るふたりの兄に向かって陸がたずねた。
予想通り、晶と戒は同時に首を横にふった。


「あれ以来、音沙汰なしだよ。」

「あの時、追いかけるべきでした。」


優羽を泣かせる道具を想像している輝を横目でにらんだ戒は、当時のことを思い出して悔しそうに唇をむすぶ。

現場にいたのなら、何か情報を持っているに違いない。
室伏ならば秘書として会社に勤めているので、次の日には会って話が聞けると思っていたのに、彼はなぜかあの日、あのまま行方をくらませてしまった。


「父さんも手を焼いてましたよ。」

「簡単には見つからないだろうね。」


晶と戒はそろって何かを思案するように腕を組む。
輝もバツが悪そうに視線を窓の外へとうつした。


「夏休み中になんとかしたいけど、このままじゃ不安だなぁ。」

「「「………。」」」


すでに半分を終えた長期休暇に陸が不満げな声をあげると、三人の兄たちも不満そうに陸を見つめた。
誰もが同じような表情をしている。
言いたいことは皆同じ。


「俺は、陸がほとんど毎日遊んでることの方が不安なんだけどね。」

「学生とは思えねぇなぁ。」


安易に夏休みの宿題を示唆する晶と輝がからかうように意識をむければ、陸は不敵な笑みをかえす。


「無駄に出来る兄さんが三人もいてくれるおかげで、心配無用だよ。」

「そりゃどうも。」

「おかげでいらないプレッシャーばかりだよ。」


存在感が大きすぎるだけに、イイところ以上に悪いところも目立つ。
何でも出来て当たり前の印象を周囲が勝手に作り出しているからこそ、影の努力を怠れないのは有名人のツラいところ。

その上、非常に有名な兄が卒業してくれているおかげで、末弟の目のつけられようは半端じゃない。

羨望、嫉妬、好奇な視線にさらされた環境に育てられたせいで無駄に世渡り上手になってしまったと、そうぼやく陸に少し空気が和らいだのか、クスッと笑う息がその場にこぼれる。


「いいじゃないですか、学生らしくたまには学ぶのも悪くないですよ。」

「優羽に嫌われたくなかったら、教養はちゃんと身につけておいた方がいいよ。」

「まっ、青春を楽しめ。」

「え〜。そんなこといって、自分達がしてきたことすぐに棚にあげるんだから。」


過去、有名にしてくれる材料をふんだんに残してくれた兄たちに、陸はふてくされた声をなげる。
そのままだらんと身体の力をぬいて、空いた優羽の定位置を眺めると、陸は小さく文句を言った。


「優羽も一緒の学校だったらいいのになぁ。」


そうしたらもっと一緒にいられるのにと、思えてならない。
だけど、それは不可能だ。
言葉を吐いた本人でさえ、本気じゃない。


「可愛い優羽の制服姿を他の男の目にさらすなんて、考えただけでも吐き気がしそうだね。」

「でもちょっとそそられるよなぁ。"先輩"って響きエロくね?」

「高校は三年間ですので、仮に優羽が高校生だったとしても輝は卒業してますよ。」


どうやら冗談を真面目に受け取った兄たちの妄想劇に、陸は興味なさそうなため息だけで相づちをうつ。
不可能なことはどれだけ考えても実現しない。


「さてと。」


晶が話しに折りをつけて立ちあがると、相手にしてもらえなかった陸がつまらなそうに顔をむけた。


「また探しに出るの?」

「いや、今日は買いだしだよ。」

「彼がいないと色々面倒ですね。手伝いましょう。」


魅壷家の日常品はインターネットで購入したり、宅配サービスを利用したりしてはいるのだが、それでも足りないものはいつも秘書である室伏涼二が確保してくれていた。
魅壷家自体の秘書というよりかは、ほぼ執事に近い彼が消息をたってくれたおかげで、お盆の人ごみにあふれる街に出向かなくてはいけない。

だが、少々避けたい。

避けたいが避けるわけにもいかず、晶と戒は支度を整えると、"多分"夜までには帰ってこれると思うと言い残して出て行った。


「それじゃぁ、僕も高校生らしく宿題でもしようかな。」

「ま、せいぜい頑張れ。」

「おっけー。あ。そう言えば父さんから伝言で、そろそろ家の掃除しといてって。」


げっと、顔を青ざめさせた輝を残して陸は足早にかけていく。


「まじかよ。」


がっくりと肩を落とした輝は、自室に駆け込んでいった陸の計算された捨て台詞に頭をかいて立ち上がった。
全然可愛くない悪魔な弟の策にはまった兄は、一体どこから手をつけたらいいかわからない屋敷を見渡すように、しぶしぶ頭を悩ませる。


「あっちーな。」


開け放たれた窓の外で泣くセミの声が、暑い季節を物語っている。

切なく、儚く、溶けていく命が見せる幻想の夢は、いつか誰も知らないところで消え去ってしまうのかと、それぞれの思いが胸がしみた。

──────To be continue.
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