★愛欲の施設 - Love Shelter -

□第7話 夜空を繋ぐ河
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「物足りないの?」

フイッと顔を覗き込んできた陸に、心臓が飛び出そうなほど身体がゆれる。
思わず心臓が止まってしまったんじゃないかと錯覚を起こしそうになるが、優羽は首を横にふって否定することを忘れなかった。


「そっか、残念。」

「えっ?」

「せっかく前のよりすごいプレゼント用意したのに。」


気持ちを元に戻すために、再びお茶を口に含もうとしていた優羽の手がピタリと止まる。
錆びついたブリキの人形のようにゆっくり陸に視線をむけると、極上の笑顔をたたえた悪魔が見えた。


「冗談だよ?」


彼についてはもう、どこまでが冗談なのか見当もつかない。


「あっ、怖がってる?」

「陸がいじめすぎるからですよ。」

「うちの姫様は怖がりだからな。」

「そこが可愛いんだけどね。」

「優羽がすかっり家族に溶け込んでくれて、わたしは安心したよ。」


もうまともに顔を上げられなかったが、聞こえないふりを突き通してお茶を飲み干すことに気持ちを専念させることにした。
一回一回、反応をかえしてしまっては、それこそ彼らの思うつぼだ。
そう思うのに、クスクスとからかう視線に耐えきれずに、優羽は顔をあげた。


「〜〜〜っ…もぉッ!!」


真っ赤な顔で叫んだ優羽に、屋敷中が楽しそうな笑い声に包まれる。
憤慨して機嫌をそこねた優羽をなぐさめようと、義兄弟たちが声をかけるよりも早く、

「彼のことだが。」

と、幸彦の声が部屋に響いた。


「彼?」

「室伏涼二。」


首をかしげた優羽は、幸彦の答えた名前にピクリと反応する。
振り返った優羽を安心させるように幸彦は頭をなでると、小さく息をこぼしてそれに答えた。


「彼が今回の事件を誘発したそうだね。」

「えっ?」

「すまなかったね。いくら留守にしていたとはいえ、随分怖い思いをさせてしまった。」


幸彦の謝罪に優羽は、首をふる。
そう言えば、あのとき一番最初に見つけてくれたのは玩具会社の秘書だったが、もとはといえば彼が誘拐を依頼しなければ、こういうことにはならなかった。
原因ははっきりしている。
幸彦が謝る理由はどこにもない。


「どうして謝るの?」


優羽の疑問に、幸彦は「ん?」と微笑んで首をかしげる。
質問の意図が理解できないのか、優羽の次の言葉を待っているように見えた。


「幸彦さまのせいじゃないでしょ?」


ここは、世界有数の金持ちの家だ。
たしかにテレビや漫画の中の世界でしか聞いたことのない事件や事故に巻き込まれるなんて思ってもいなかったが、ないとも言えないことは頭の片隅に少しはあった。
逆に家族に迎え入れたばかりの娘をすぐに誘拐されて、幸彦たちの方がショックを受けたのではないかと優羽は思案していた。

そんな優羽の質問に驚いたのは彼らのほうで、驚いた家族の反応に優羽も驚く。


「え、何かへんなこと言った?」

「いや、変なことではないが。」

「よかった。だったら、もうそんな顔しないで。」


照れたようにはにかんだ優羽は、上目遣いで家族を見渡してニコリと笑った。


「だから、いつでもまた助けてね。」


それは優羽にとっての強い願い。


「私はどこにもいきたくない。ずっと皆といたい。」


迷惑かもしれないけど、と笑う優羽に彼らは固まる。


「え?ダメ…っ…かな?」


何も返してくれない幸彦に心配になった優羽は、答えを求めて辺りを見渡す。


「ダメなわけねーだろ。」

「本当に優羽はバカですね。」

「ばっバカじゃないもんっ。」


どこかあきれたように笑う輝と、困ったように笑う戒に優羽は口を尖らせて席をたつ。
台所に飲み干したコップを置きに行こうとした優羽にはわからなかったが、彼らの視線は愛しそうに優羽の後ろ姿を見ていた。


「ずっとずっとずーーーっと、私。皆の傍を離れないからね。」


ふと振り返った優羽は、何かを訴えるように全員に向かって宣言する。


「私の願いがひとつだけ叶うなら───」


コップを置いた先に見えた短冊に、優羽はペンを走らせた。
一体何を書くつもりなのか。
部屋中の視線を一身に集めながら書き終えた優羽は、勝ち誇ったような顔でそれを彼らの前に突きつける。


「───この先もずっと皆といたい。」


何でも叶えてくれると言ったはずだと、優羽は祈るようにその短冊へと視線を落とした。


「私、幸せだよ。」


だからどうかお願い。
ギュッと一度握りしめたあと、優羽はその短冊を備え付けられた笹へと結びにいく。

その後ろ姿を見つめる五人の視線は、なぜか切なく色めいていた。


「僕たちの願い事、叶っちゃったね。」


外に流れ始めた天の川に気付いた優羽が喜んで窓に駆け寄っていく。
その姿を追いかけながら、誰もがそろってうなずいた。

──────To be continue.
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