★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第7話 夜空を繋ぐ河
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《夜空を繋ぐ河》
朝から天気のいい日に、優羽は退院した。
あの日から二週間。
夏の装いを見せ始めた空が、一面に広がっている。
「今夜は七夕かぁ。織姫と彦星は無事に出会えるかな?」
「優羽は案外ロマンチストですね。」
「えー。僕は一年に一度しか優羽と会えないなんて無理。」
お抱えの運転手ではなく、輝の運転する車が病院にやってきたのは数十分前。その後部座席で、夏休み目前の学校をわざわざ休んだ戒と陸に挟まれながら優羽は座っていた。
「ねぇ、家でも飾り付けしていい?」
陸のぼやきを聞き流した優羽は、誰にでもなく顔をあげる。
退院する時に病院の待合室で飾られていた笹の葉と短冊がまだ記憶に新しい。
そう走る車の中で話題にしてみただけなのに、なぜか、からかうような笑い声だけが車内に響いた。
「まだまだガキだな。」
「ちっちがうもんっ。イベントは楽しむものでしょ?」
季節行事に浮かれているのは自分だけみたいに聞こえると、優羽はホホを膨らませる。
そこでバックミラー越しに目があった輝に、優羽はパッと視線をそらした。
「ガキじゃないもん。」
小さくつぶやいた声はきっと誰にも聞こえていない、はず。
この国は十八歳だからといって行事に浮かれてはいけないという法律はないのだから、輝にとがめられる理由はない。
「その顔、すっげぇそそられるな。わざと?」
「えっ?」
「僕が優羽の願い事、叶えてあげるよ。」
「えっ!?」
「イベントはみんなで楽しむものなのでしょう?」
「なっ何が!?」
一様に含まれる笑顔に、優羽の顔がひきつっていく。
何を言っているかがわからないほど彼らと浅い関係ではないだけに、想像が勝手にふくらんでいた。
「ほら、早く願い事いってよ。」
「りっ陸?」
七夕は確かに願い事を短冊に書いて星に祈るのだが、そこに書くはずの願いとは別の"お願い"を強調されているようで、優羽はごくりと息をのむ。
「いつもみたいにお願いしていいんですよ?」
「かっ戒?」
窓の外を流れていく景色を一瞬横目で見た戒が、綺麗な顔で首をかしげてくる。
何をしても絵になる繊細な線に優羽の顔は赤く色づくが、きっと原因はそれだけではないのだろう。それに気づいた輝が、バックミラーにうつる言葉を失ったままの優羽を見てニヤリと笑った。
「淫乱な優羽ちゃんが叶えて欲しい願い事なんていつも同じだよなぁ?」
「てっ輝!?」
何を言い出すのかと、優羽は本格的に顔を真っ赤にして挙動不審にうろたえる。
それにクスクスと答えるように、両サイドからは好奇な笑みが向けられた。
「もうすぐ夏休みだし、時間はいっぱいあるよ。」
「何回でも優羽のお願いを聞いてあげられます。」
安易に想像できる内容に、優羽は段々口を閉ざして言葉を探す。
けれど、向けられる三人の視線に耐えきれず、恥ずかしさの方が勝って大声をあげていた。
「やっやだッ!だって、欲しいっていうまで責めてくるし、入院中だって毎日イカされッ───あ。」
口にしてからしまったと思っても、もう遅い。
勝ち誇った顔をした彼らに優羽の顔が青ざめる。
「あっれぇ。僕ら"優羽のお願い"を聞くって言っただけだよね?」
「優羽が望んでるんなら仕方ねぇよ。」
「心配しなくても、毎日イヤというほど、たくさん可愛がってあげますよ。」
言葉が口から出てこない。
恥ずかしすぎて顔を赤くしながらうつむく優羽に、今度こそ三人の優越な笑い声が車内に響いていた。
「んな顔してっと、車、脇にとめっぞ?」
「ぁっ、ダメッ!」
そこで顔をあげて、赤い顔のまま必死で否定する優羽にまた笑い声があがる。
「すっかり染まってしまいましたね。」
「ただ車を止めるって言っただけだよ?」
「ッ!!?」
だまされた!
そう思ってももう遅い。
彼らのペースに巻き込まれたら、そう簡単に抜け出せないことはもうわかっている。
「けど、優羽の期待に答えられなくて悪いな。」
「父さんも帰ってくるようですし。」
「優羽がしたいっていう七夕の飾り付けもしなくちゃね。」
パクパクと口を動かす優羽に、楽しそうな声が心拍をあおる。
今すぐ願いが叶うなら、彼らの余裕な態度をどうにかしてもらいたいと本気で思う。
「待ちきれないなら、今してあげてもいいよ?」
「ッ!?」
どこの願いが聞き届けられたのか、グイッと肩を引き寄せて耳元でささやく陸のせいで、優羽は完全に真っ赤な顔でうつむいた。