★愛欲の施設 - Love Shelter -

□第6話 愛の行方
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《愛の行方》

目が覚めると病院のような場所にいた。エタノールの匂いと、簡素な真っ白い部屋。
今日は晴れているのか、明るい日差しに白いカーテンが照らされている。


「ここは?──ッ!?」


身体を起こそうとして、起き上がらないことに驚く。全身がひどくだるくて、ところどころ痛かった。


「目が覚めたみたいだね。」

「…っ…あき?」


真上から心配そうに覗き込んできた顔に、優羽は首をかしげた。
どうしてこんな場所に自分と晶がいるのだろうかと、まったく見当がつかない。

パチパチと疑問の表情で視線だけ動かす優羽の視界に、今度は輝の顔が覗き込む。


「昨日のこと覚えてるか?」

「きの──ッ!?」


遠慮がちに切りだされて、優羽は大きく目をまたたかせた。

昨夜の出来事がよみがえる。

自分から求めたとはいえ、限界を越え、意識の明滅を繰り返しても終わらない快楽。
思い出して体が震える。

優羽の顔がわずかに青ざめると、それを見下ろす晶と輝の顔もかげりを見せる。
いや、苦しんでいるように見えた。


「ごめんね。」

「えっ?」

「怖かったよな。」


頭を優しく撫でようとして思いとどまった晶と輝を優羽は見つめる。
その目はどこか怯えたように二人の顔を交互に見比べていた。


「あっ。」


二人同時に伸ばされた手は、宙で空振り、ギュッと唇を結んだ優羽の視界を通りすぎる。

なぜかズキンっと心が痛んだ。


「体は痛む?」

「何かしてほしいことあるか?」


優羽の心の痛みを知ってか知らずか、晶も輝も心なしかどんどん顔が近くなってくる気がする。


「熱はないみたいだね。」

「っ。」

「何かしてほしいことがあれば言えよ。」


手の代わりに額なら大丈夫だとでも思ったのだろうか。晶と重なったおでこに熱が上がっていくのを感じる。
加えて輝の囁きが顔を熱くさせた。


「あっ…ありがとう。」


離れた美麗な二つの顔に優羽はお礼を口にする。
ドキドキと身体の熱が上がった気がするが、それの原因はわかりきっていた。

だけど、今は心配してくれる晶と輝にかまっている場合ではない。


「陸は?」


優羽の心配は、目の前の二人を通り越して別の人物へと向いていた。


「いるよ。」


優しく笑った晶が視界から消える。
それを追うように視線を動かせば、戒と一緒に小さく丸まった陸がそこにいた。


「ほら、陸。ちゃんと謝ってください。」


ポンっと、戒に背中を押された陸が遠慮がちに数歩だけ近づいてきた。


「ごめん……なさい。」

「えっ?」


深々と頭を下げた陸に驚いた。
なぜ、謝っているのかわからない。
求めたのは自分なのに、逆に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


「陸は大丈夫?」


しゅんっと小さく見える陸がハッと顔をあげる。体は元気そうだが、相当ひどい顔をしていた。


「かわいい顔が台無し。」


クスッと優羽は笑う。
そうして伸ばした手に陸は駆け寄るように握りしめた。


「ゴメン。僕、もう少しで優羽を全部食べちゃうとこだった。」

「え?」


涙目で、いや半分泣いている陸の言葉の意味が理解できない。
本人は大真面目に優羽の顔を見つめているが、優羽はその顔をキョトンと見つめ返すことしか出来なかった。


「陸。優羽が困ってますよ。」


はぁと、あきれた戒の声に陸はハッと気づいたのか、再びゴメンと頭を下げる。それがなんだがとても可愛くて、愛しかった。
陸の言葉の意味は相変わらずわからないままだが、その一挙一動がおかしくて、優羽は思わず声をあげて笑っていた。


「陸、私は大丈夫だから。」

「優羽。」

「晶も輝も戒も心配かけてごめんなさい。」


きしむ体を半分起こしながら優羽はペコリと兄弟たちに頭を下げる。

迷惑をかけてしまった。

陸は何も悪くない。
禁忌を承知で求めたのは自分自身。


「優羽には負けます。」


クスッと戒が息をもらす。
その声に反応して、晶も輝も困ったように笑顔をみせてうなずいていた。


「陸、優羽を休ませてやれ。」


気をきかせた輝が手を握りしめて離さない陸を優羽から引き剥がす。


「優羽、本当にごめんね。」

「陸、もういいってば。」


そこまで言ってから、優羽は初めて気がついた。
陸の手が震えている。

───コワイ?

───ドウシテ?

それは同じ気持ちなのかもしれない。


「大丈夫だよ。陸を好きな気持ちは変わってない。勿論、晶も輝も戒も……だから、謝らないで。」


言葉を選びながら、優羽は今の気持ちを口にする。


「大好きだよ。」


陸を含め、その場にいる全員が驚愕に目を見開いていた。
その顔が意外で、優羽はフフッと笑ったあと、もう一度ペコリと頭を下げた。


「だけど、ごめんなさい。たぶん、いっぱい傷つけてる。」


誰も選べない。

この感情に確信を持てたとしても、全員が同じくらい同じように大好きだから。
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