★愛欲の施設 - Love Shelter -

□第3話 秘密の地下室
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女を怒りの発散に使ったあとで、涼二は再びパソコンへと移動し眼鏡をかける。
事切れたように眠る女がサインしたばかりの契約書をしまいながら、明るく照らし出された画面をみて彼は目を細めた。


「……またか。」


呆れたように息を吐きながら、高級な椅子に腰かける。
眼鏡越しに見える視界は良好になるはずなのに、なぜかぼやけていた。


「……はぁ。」


女を抱くとたまに訪れる変化。
けれど、今は視力にかまっている暇はない。目を放した、たった一時間あまりで今日仕入れたばかりの新商品は完売していた。


「輝さまに増産を依頼しないと。」


疲れたように息を吐くと、涼二は輝にメールを作成するためにキーをたたく。
ちょうどその時、電話が音もなく静かに光った。


「社長も相変わらずタイミングがいいですね。」

──なんのことかな?

「まぁいいですが。例の社長、折れましたよ。」

──輝の薬は、絶大だろ?

「そうですね。すでに完売ですよ。」


そうかと電話越しの相手がうなずいたあと、業務的なやり取りをして電話を切る。
輝に送るメールは別に今じゃなくてもいいだろう。
これ以上、この場で仕事をしたくなくて、涼二はパソコンから手を離す。


「まったく。あの親父は。」


はぁーと、ため息を吐かざるをえない。
業界トップクラスの玩具メーカー。
長年、取締役兼社長でもある魅壷幸彦の下で働いてきたが、最近の社長はどことなくおかしい。

もうここ一ヶ月、何をするにしても上の空な気がする。いや、仕事は前々からいい加減だった。
むしろ仕事が片付くスピードは早くなったといっても過言ではない。


「だからってなんで俺まで。」


休日がない日が一ヶ月も続けば、さすがにブラック会社として訴えたくなってくる。
原因は、おそらく昼間、魅壷家で見た少女だろう。何がそんなに彼らを突き動かすのかわからないが、現にこうして自分は被害を被(コウム)っている。
気の乗らない商談に行かされた挙げ句、新作の出来を確かめてこいときた。

そんなことは自分でやれ。

ノドからでかかった言葉も社長相手には飲み込むしかない。
そんなことを考えていると、またあの少女の顔が視界を横切った。


「……イラつく……」


それが何に対してなのかは、わからなかった。
ただ、あの少女を思い出すと沸々と苛立ちが増す。


「優羽……か。」


パソコンの画面には、いつ手にいれたのか、優羽の顔がうつしだされていた。


「彼女に興味はないが──」


しなやかな涼二の指が、画面上の優羽の唇をなぞっていく。


「──彼らがどんな反応を見せるかは、興味がある。」


クックッと、のどをならすその瞳は、暗闇の中で残虐に光りを帯びて優羽を見つめる。
極秘に迎え入れられた秘密の娘。
特別美人でもなく、何か特異があるわけでもない普通の少女。
マスコミや記者が騒ぎ立てないのは、事前に操作していたのだろう。
そこまでして守りたい女は一体どれほどまでの女なのか、興味は確かにわいてくる。


「久しぶりに楽しくなりそうだ。」


パタンと閉じられたパソコンのせいで、部屋は暗くなり静寂に包まれた。
安寧(アンネイ)の睡眠を貪(ムサボ)る女を残したまま、涼二は来たとき同様、キチッとした身なりで部屋をあとにした。


「お待ちしておりました。」


夜明け前の高級ホテルから、何もなかったかのようにひとり出てきた涼二へ、運転手は頭を下げて後部座席の扉をあける。
待たせていた車に体をすべりこませると、涼二は何も言わずに携帯を取りだし電話をかけた。

早朝にもかかわらず、素早い反応がかえってくる。


───あなたからなんて珍しいわね。

「あなたの協力をして差し上げようと思いまして。」

──忙しいんじゃなかったの?

「社長は、しばらく帰ってこれないですし、わたしの仕事も終わりましたから。」


クスクスと笑う涼二は、携帯を持つ手とは逆の手に持ったものを眼鏡越しにかかげる。
売り切れたはずの媚薬が、車の振動に合わせて揺れていた。


──────To be continue.
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