★愛欲の施設 - Love Shelter -

□第3話 秘密の地下室
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《秘密の地下室》

穏やかな春の日差しも夏にかけてその熱を増すものの、初夏と呼ぶにはまだ早い昼下がり。
優羽が魅壷家に来て一ヶ月。
あの夜…朝…曖昧にすぎた二日間以降、これといって目につく変化は特になかった。
朝も昼も晩も何事もなく、誰もなにもしてこない。

いや、なにもしないことはなかった。


「もしもし?」

「おや、どこの可愛いお嬢さんが出たのかと思ったよ。」

「お父さ…ンッ!?」

「優羽、いってきます。あまり父さんと長電話しないようにね。」

「あっ。はっはい。いってらっしゃい。」


父親の幸彦は相変わらず不在ながらも、毎日よこす電話で愛を囁いてくるし、長男の晶はすれ違うたびに濃厚なキスをしていく。
でも、強いて言えばそれだけだった。
幸彦は出張に出たきり。
晶は病院勤務らしく、不定期に朝早く出ていき夜遅く帰ってくる。


「仲良くやっているようだね。」


安心したよと、幸彦は電話越しに笑うが、優羽には家族と仲良く出来ているかの自信がなかった。
自室にこもりっぱなしの次男の輝は、仕事が大詰めに入っているらしく、食事以外では顔もあわせない。

何の仕事かは、わからないままだ。

三男の戒は、大学の単位取得を早めるらしく図書室と大学に詰め込んでいるし、四男の陸にいたっては、高校が始まったばかりで遊ぶことに忙しいのか、ここ二〜三日姿をみていない。


「贈った服は無事に届いたかい?」

「はい。可愛いワンピースだったので、早速着てます。」

「そうか。見れないのが残念だが、気に入ってもらえて嬉しいよ。
おや、すまない。これから会議なのでね。また電話するよ。」

「はい。気をつけてくださいね。」

「優羽、愛しているよ。」

「……っ。」


チンっと軽い音をたてて受話器をおいた優羽は、はぁーっと深い息をその場で吐いた。


「もぉ。」


顔が赤くなることを否定はしない。
そのまま顔をあげて、電話のある廊下を見渡せば、どこぞのホテルか旅館のロビーくらいはある玄関付近に設けられたソファーに目がいく。


「はぁ。」


ドカッと、誰も見ていないのをいいことに、優羽はひとりソファーに腰かけた。まぁ簡単にいえば、何もすることがないまま優羽はポツンと一人、この無駄に広い屋敷にいた。
だからと言って、暇にしているわけではない。
家族になったのだからと、忙しそうな彼らのために掃除も洗濯も食事の手伝いもすることにした。

自分で決めたのだから、不満はない。


「なんか、金持ちって想像以上に疲れる。」


手伝う気はあるのに、手伝わせてもらえないことも十分理由に当てはまっていたが、なぜか全然汚れない家の中では、ほとんどやること自体がない。
万が一、下手に触った上に割ってしまったら大変なことになりそうな壺や見るからに値段がつけられそうにない絵画があるにはあるが、それらに対して必要以上に手が出せないといったほうが正しかった。


「……ひま。」


そのため、天気のいい日に窓辺のソファーに腰掛けながら優羽がため息を吐くのも仕方がないといえる。


「贅沢な悩みなのかな。」


独り言も増えた気がする。
このままではいけないと、気を取り直してソファーから立ち上がった優羽は、庭に面したテラスへといくことにした。


「いい風。」


やはり外の空気は心地いい。
テラスから見渡せるのは、誰も手入れをしているところを見たことがないのに、雑草の一本も生えていない立派な庭園。咲き乱れる色とりどりの花と、小さな鳥の歌声。
さわさわと髪を撫でる風にゆれて、洋館にふさわしい噴水が、水音を奏でながら流れていく。


「のどかぁ〜。」


思わず欠伸がこぼれた。
朝食の片付けをし、洗濯物をほし、一通り屋敷内を散策して汚れがないことを確認して、それだけ。

暇にしているわけではないのに、暇になってしまう。


「みんなが帰ってくるまで、何しよう?」


何かあるかもしれないと、テラスの柵にもたれながら考えてみたが何も浮かばない。
お隣さんは、これまた無駄に遠いし、どんな人が住んでいるのかも知らない。


「とりあえず、お茶で……あれ?」


遥か遠い門扉から、魅壷家の玄関に向かって家族以外の車が走ってくるのが見えた。
珍しいこともあるものだ。
一ヶ月近く来客のないこの家にもついにお客さんが来たのかと、優羽はテラスから身を乗り出してそれを眺めていた。


「誰だろ?」


車から眼鏡をかけた見るからに出来る風な男がおりてくるのが見える。


「あっ…あのっ!?」


優羽の姿に気づくことなく、彼は玄関に向かって階段をのぼりかけた。それと同時に、眼鏡の男に声をかけようと足を踏み出した優羽の口がふさがれる。


「ッ!!?」

「ここにいろ。絶対出てくんじゃねぇぞ。」


思い切り引き寄せられたせいで、心臓が止まるかと思った。
背後から抱きしめてくる相手を確かめようと視線を上げれば、いつの間に自室から出てきたのかわからない輝がそこにいた。


「わかったんだろうな?」


低い口調の輝に、口をふさがれたままの優羽は首をたてにふる。


「おし。」


不敵に笑った輝が優羽の身体を解放する頃には、例の眼鏡の男は玄関の取っ手に手をかけていた。
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