★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第2話 家族のルール
7ページ/7ページ
どれほど眠っていたのかわからない。
まだ半分夢の中にいる気がするが、なぜかとても幸せな気分になれる夢を見ていたことだけは確かだった。
ふわふわと温かくて、優しい夢。
何度も自分を呼ぶ愛しい声。
「優羽、そろそろ起きようか。」
クスクスと、何がそんなに面白いのか、優羽は笑いを含めた晶の声に自分がまだ寝ていたことに気づいた。
「…?…ぁ…あき…。」
「はい、おはよ。っていうか、こんばんは?」
驚いた顔で固まる優羽に体を寄せると、当たり前のように晶は優羽に服を着せ始める。
寝起きの頭で思考回路がうまく働いていない優羽は、晶にされるがまま身を任せていた。
「たくさん虐めてしまったからね。今晩は優羽の好きなものを作ったよ。」
「……えっ?」
「晩御飯。」
「え?あっ、キャア!?」
下着をはかせるために、シーツを剥ぎ取り、片足を持ち上げられたところで、優羽は晶の行為にようやく理解が追い付いたらしい。
「じっ自分で、できます。」
真っ赤な顔で晶からパンツを奪うと、優羽はシーツの中で慣れない着替えをおこなう。
いまさらだとか、甘えたらいいとか、ぐちぐちと晶は文句を口にしているが、そんなこと言われても困る。
「あれ?もう夜?」
「そうだよ。」
シーツの中でモソモソと着替えているうちに頭が冴えてきたのか、窓のカーテンが締め切られ、部屋の明かりがついていることと、先程の晶の言葉で優羽の体内時計は正常な機能に戻った様子を見せた。
記憶は、まだ太陽が真上にあるあたりで止まっている。
「………あ…」
そこでどうして自分が眠っていたかを理解したのか、優羽は顔を赤くしながら晶の顔を盗み見た。
「手伝おうか?」
「どうして?」
「着せてほしい?」
「…ッ…じゃなくてっ!! どっどうして、あんなことしたんですか?」
会話が噛み合わない。
晶の的外れな問いかけに痺れをきらした優羽が叫ぶ。
「あんなことって?」
どうしてこんなに余裕の態度でいられるのだろうか、ニヤリとあがった晶の口角に優羽の顔がひきつる。
答えはひとつしかない。
わかってるくせに、晶は優羽に言わせようとする。
そして優羽は、もちろん答えられずに口をパクパク動かすしかなかった。
「愛してるからだよ。」
「……ま…また。」
わかりきった嘘をつく兄に、優羽は困った視線をむけることしかできない。
愛しているなんて、これだけ格好よくてモテそうな男なら山ほど吐いて捨ててきた言葉だろう。
そんな薄っぺらい言葉にほだされないと、優羽はゴクリとつばを飲み込んで晶を真正面からとらえた。
「私のこと何も知らないのに、どうして愛してるっていえるんですか?」
初対面で一目惚れされた経験は、残念ながら一度もない。
真正面からみても、いや、どの角度からみても非の打ち所がない兄は、きっと自分が想像もできないくらい綺麗な人と恋をしてきたに違いない。
晶ほどの男を世間が放っておくわけはないだろうとも思う。
そんな人が、自分を愛しているって?
真に受けてはいけない。
ごく普通の、特に目立つ箇所のない自分を彼らのような人が本気にするわけはないのだから。
「今はわからないかもしれないけど、いずれわかるよ。」
「……。」
優羽の複雑な気持ちを読み取ったかのように、晶は優しく優羽の頭を撫でる。
「これが俺たちの愛情表現だって。」
……俺"たち"の?
幸彦と晶のことを指しているのだろうかと首をかしげた優羽に、晶はもう一度頭を撫でてから御飯を食べにおりようかと提案した。
答えをハッキリさせるまで動かないつもりだったが、今朝の輝とのやり取りを思い出して、優羽はしぶしぶ了承した。
「魅壷家には、ルールがいくつかあってね。」
「は……はい。」
階段を下りながら、晶は優羽に手を差し出す。その手を一度警戒したものの、害はなさそうだと優羽は素直にその手を握り返した。
はたから見れば、恋人同士に見えなくもない。
仲良く階段を下りる優羽に、晶は話しを再開させる。
「隠し事はしない。素直に従う。父さんが絶対。」
身をもって体験させられた掟を優羽は、黙ってきく。
私がルールだと、義父はそういっていたが、あれは冗談ではなく本当に実行されている掟だということがわかった。
「父さんが不在の時は俺が絶対だから、何かあればすぐにいってくれたらいいよ。」
それは怖くて言えそうにないと思った。
絶対ということは、優羽も例外ではないということで、それはすなわち今朝の出来事に逆戻りするかもしれない要素を含んでいる。
ふるふると何かを振り払うかのように勢いよく首を横にふった優羽は、晶に微笑みを向けられて曖昧な微笑みをかえした。
「俺はいつでも優羽の味方だから。」
「──…っ〜〜」
握られた手の甲に、キスを落とした晶に赤面する。
こういことを嫌味なくサラッとやられると、心臓がいくつあっても足りない。
「はい、どうぞ。お姫様。」
そう言って促された先には、どうやって好物を調べたのか、本当に優羽の好きな料理ばかりが並んでいた。
──────To be continue.