★愛欲の施設 - Love Shelter -
□プロローグ
6ページ/6ページ
「たしか、もう18になるのだったかな。」
彼らが穴があくほど見つめている写真を手で持ち上げながら、幸彦はわざとらしくその写真をふった。
子猫のように、写真を追いかける彼らの首はそろって揺れる。
「まさか!」
はっと、我にかえったように陸がイスから立ち上がった。
「結婚するつもり!?」
「「「!!?」」」
勢いにまかせて口走った陸の言葉を認識するや否や、仲良く写真を追いかけていた彼らの視線は、それだけは絶対に許さないと言わんばかりに敵意を添えて幸彦を睨み付ける。
そうした一挙一動が面白いのか、幸彦は演技じみた泣き真似で、心底残念そうに首を横にふった。
「本当はそうしたかったのだが、妻となると色々面倒が多いと思ってね。」
「あったりまえだ。」
「養女として迎え入れるしかなかったのだよ。」
その答えに、誰ともなくはぁーっと、胸を撫で下ろす。
「冗談が過ぎますよ。」
心臓に悪いと、戒は幸彦の発言をたしなめた。そして、再び写真の少女を見ようと視線を幸彦からそらす。
「あー。よりによって、また親父が第一発見者かよ……。」
「輝、なにか不満かな?」
「ありまくりだ。」
「でも父さん、よく見つけたね。」
晶が幸彦の手の中の写真を奪い取った。
そこに写るのは、どこにでもいそうな普通の少女。とりたてて、美人でもなくスタイルがいいわけでもない。
失礼ながらも、これならいつも言い寄ってくる彼女たちの方が容姿の面では良いと言えた。
「偶然だ。」
ピクリとその場の空気が凍りつく。
それは、幸彦が言葉の中に密かに滲ませた寂しさに対してではない。
何か思い出したくもない記憶があるのか、まるで部屋自体が怒りに震えているようだった。
いや、実際は殺気が肺に直接入ってくるような錯覚さえ感じられる。
幸彦はそれを見ることで、少し父親らしい表情をみせた。
「だが、ちゃんと会えた。」
安堵の息は室内を切なさと憂いで満たす。しかし、それも一瞬で、幸彦はフッと口角をあげると、余裕の表情で彼らを見下ろした。
「ようやく望む形で手に入る。」
息をのむほどの沈黙は、笑みを消した幸彦の前では意味をなさない。
"一生"手元に置こうと思う。
声高らかに宣言した父に、複雑に顔をゆがませていた一同は深くため息を吐いて了承した。
幼い頃から世話になっているだけでなく、こうして家族以上な家族として暮らしている仲である。こうなった父が止められないことは、わかりきっていた。
文字通り"報告"。
"相談"ではない。
すでに決定事項ゆえに反論したところで幸彦は、写真にうつる少女を引き取ることを止めはしないだろう。
「一応聞いておく、名前は?」
「優羽だ。」
幸彦の唇がかたどったその名前に、彼らは目を閉じて思いを飲み込んだ。
「本物なんだな?」
「当たり前だろう。」
「それで、いつ来るの?」
「明日。」
「明日ですか?また、急ですね。」
とことん用意周到な男だと諦めざるを得ない。たぶん、この調子だと写真の中の少女も事情を知らないんじゃないかとさえ思える。
だけど今はそんなこと、どうでもよかった。
「お前たちを子供扱いはしない。」
幸彦の発言に、気の引き締まる沈黙が部屋を支配する。
「どうしようとかまわないが、ルールは必ず守りなさい。」
もともとは、血の繋がりのない彼らが家族として生きていくためのルール。
どこの家庭でもありそうだが、それはこの魅壷家の人々にとっても例外ではない。
ルールは、円滑にことを運ぶためにあるもの。
優羽という新しい家族を受け入れることが、もはや決定事項である以上、やることは決まっていた。
誰もがそろって席をたつ。
明日やってくる少女のために、彼らは無言でその部屋を後にした。
───Prorogue end.