★生命師 - The Hearter -
□第3章 地図から消えた王国
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《第3話 国境の街》
ライト帝国、最西端の都。
白い砂の海が広がるアレナ砂漠のど真ん中で、悠然とたたずむ孤高のオアシス、オミーズ。
そこで一夜をあかしたナタリーたちは、まさに一生に一度泊まれるかどうかの最高級ホテルの一角で、穏やかな朝を迎えようとしていた。が、やはり高級な所に泊まったからといって性格までが変わるわけではない。つまりは、上品な一室で上品とは程遠い争いの声が響いていた。
「ざけんじゃねぇ!!このバカ王子めッ!!俺様の目が黒いうちは、一歩たりともナタリーの部屋には通さねぇ!!」
「ギムルの目は赤いじゃん。」
「た・と・えに決まってんじゃねぇか、って、おい!!」
番犬としての役割をまったく果たせていない可愛いぬいぐるみは、満面の笑みを浮かべるオルフェにつかみあげられる。
「何しやがる!!俺様をそんな風に扱うんじゃねぇ!!」
「お姫様は、王子様のキスで目覚めるって決まってるんだよ。」
「おッ!?……お…お」
垂れた耳をつかまれ、宙づりに持ちあげられたギムルには、オルフェのふざけた例え話に言い返せる的確な言葉が見つからなかった。現に、ナタリーは王女でオルフェは皇子。
悔しそうに唇をかむギムルが可哀想なほどに愛くるしいが、オルフェはおかまいなしに部屋のとってに手をかける。
「せっかく、テトラに朝食の調達を頼んだんだから。今のうちに僕が一歩リードしとかなくっちゃ。」
「させるかッ〜〜クソッ!!」
「残念でしたぁ。そんなに可愛い手足じゃ、僕にはとっどきっませぇ〜ん。」
暴れるように空中を切り裂いているギムルに向かって、オルフェはベーっと舌を出して笑って見せた。
傍(ハタ)から見れば、ふわふわで女の子みたいに可愛いオルフェと、真っ白なウサギのぬいぐるみがほおずりしあっている。うっとりと魅入ってしまいそうなほど、柔らかな雰囲気をブチ壊したくはないが、当の本人たちがイヤがっているのだから仕方がないだろう。
「可愛いっていうんじゃねぇ!!このエロ王子が!!」
「エロいんじゃないよ!!僕はただ純粋に、好きな女の子に気持ちを伝えようとしているだけじゃん!!それの、どこがいけないのさ!!」
「方法に決まってんだろ!?純粋が聞いてあきれるぜッ!!」
声を大にして、一人と一匹はさっきからこうして揉み合うように扉の取っ手の攻防戦を繰り広げていた。
「それじゃあ、僕もテトラみたいになれっていうわけ?悪いけど、僕は絶対イヤだからね。」
万年片思いにだけはなりたくないと、オルフェは決死の形相で首を振る。
それには多少の同意を示しながらも、ギムルも負けてはいられなかった。
そう、ナタリーはまだ眠っている。
つまりテトラがいない今、主人である乙女の貞操は、この頼りないウサギにゆだねられている。
「王子だからって、なんでも手に入ると思ってんじゃねぇよ!!」
「思ってないよ。だから、こうしてチャンスを無駄にしないようにしてるんでしょ!?」
「だからって、手が早すぎだろ!?」
「仕方ないじゃん!徐々に仲良くなろうと思ってたけど、テトラと二人で行動するなんて聞いてなかったし、まさかの事態に巻き込まれちゃったんだから!」
自分のことをもっと知ってもらいたくて、ナタリーを城へ招待すると決めたのだと、オルフェはギムルに力説した。
同じ年頃の可愛い女の子。
自分を王子として特別扱いしない明るさにひかれ、仲良くなりたいと思っていた。
「相手を知るには、まず自分のことを知ってもらわなくちゃ。」
それなのに歴史をも揺るがす事件に先を越され、思いを伝えるどころではなくなってしまった。事態の深刻さに慌てて後をついてきたもののチャンスは無駄にしたくないと、オルフェは意気揚々とギムルに詰め寄っていた。
「テトラがいるとややこしいだろ。伝えられるうちに、僕の気持ちは伝えたいんだってば。これから先、何がおこるかわからないんだよ?」
「……う…」
ヒクヒクと、ギムルの口角がひきつけを起こしていた。
葛藤。
その二文字が頭の中で輪になって踊っているが、ここでオルフェを通してしまえば、今までの全てが無駄な泡になってしまう。
「王子としてじゃなくて、ひとりの男として、僕もナタリーの傍にいたいんだ。」
真剣なまなざしが痛い。
まばたきもしないギムルの赤くて丸い目の中に、ウルウルと瞳を潤ませたオルフェの姿がのぞきこんでいく。
「ほ───」
「たっだいま!!」
「──ッ!?」
ゴクリとのどを鳴らす音が聞こえる寸前で、バンっと勢いよく入ってきた大きな声に全ては綺麗さっぱり洗い流された。