★生命師 - The Hearter -

□第3章 地図から消えた王国
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《第2話 亡国の由来》

バサバサバサ──音をたてて崩れる本の山と、立ち上る噴煙。薄く積もった埃(ホコリ)と共に舞い落ちてきた無数の本の中から、水色の長い髪がチラリとのぞいた。


「あ゙〜〜クソッ!!」


どうやら左右に立ち並ぶ高い本棚の一角で、一番上の棚から無理矢理古ぼけた一冊を抜き取ろうとしたらしい。見事に埋もれたハティが、首をふりながら身体を起こす。
また、バサバサと本の崩れる音がした。


「ごほっ…あ〜…だりぃ。」


ひとつに束ねた水色の髪が、彼の頭の上で四方八方に跳ねているが、ハティは不自然な体制から立ち上がると、パンパンと足の埃を払うことに専念する。そうして周囲を見渡すなり、本心がため息とともにこぼれ落ちた。


「帰りてぇ。」


埋もれる原因となった目当ての色あせた本は、どこにあるのか分からなくなってしまった上に、そこかしこに積まれてある似たような表紙の数にやる気が失せる。


「どこいったんだよ、ったく。」


はぁ〜と、どうにもならない息を吐きながら、ハティは自分を取り囲んでいる本の山をどけ始めた。
「どこに行ったか」の問いに、返事をして答えてくれるのなら苦労はしない。「ここだよ」と手をあげてくれるのなら、ハティは数時間もこうして、地下の資料室にこもってはいないだろう。


「おいしいレモネードの作り方。なんでこんなとこに…あ〜…ガタン職人による機械工学…温泉の掘り方…王室生命師の日常…アンジェの日記、読んだらぶっ殺すわよ…っ…じゃあ、こんなとこに置いとくんじゃねぇよ!!」


次々と、意味のない題が表記された本を後方に放り投げながら目的の背表紙を探していたハティは、ついにお手上げだと言わんばかりに両手を広げた。その拍子に、その手の中の日記帳らしきものは、弧を描いて前方に飛んでいく。


「……げっ?!」


バサッと嫌な音を立ててアンジェの日記帳が着地した場所。そこにいる人物をとらえたハティが、しまったと顔をひきつらせた。
無理もない。
姿勢よくたたずみながら、本棚へと丁寧に目を凝(コ)らしていたはずのルピナスが、相当な笑顔で振り返ってくる。


「ハティ、何を遊んでるんですか?」

「遊んでねぇよ。」

「まったく。いくらガサツな性格だからと言って、そんな風に散らかされては、かえって迷惑です。なんのために二人で書物庫に来ていると思ってるんですか。プレイズについての資料は、ただでさえ貴重で少ないんですから、真面目にやってくれなければ困ります。」


早口で以上のことをまくしたててきたルピナスが相手となっては、もはやハティに返す言葉はない。いや、あえて何も言い返さないことの方が得策だった。
相当苛立っているのか、もはや笑顔が笑顔でなくなっている。


「歴史的価値のある重要な書物が……まぁ、なんです。どうでもいい落書き帳なんかと一緒に収納されているとは思ってもいませんでした。」

「あ〜、アンジェ姉さんは失恋のたびに、ここにこもっちまうからな。」

「まったくもって迷惑な話ですよ。わざわざ当家に入り浸らなくてもいいでしょうに…30までにお嫁にいく方法?…来るたびに、こんな無駄な本を置いていくから、肝心なモノがいつまでたっても見つからないんですよ。」


さっきから同じような内容の本ばかりだと、ルピナスは頭を抱えながら首を横に振った。もうどうしようもないと言いたげに、苦悶の表情を浮かべている。
ハティに至っては、ルピナスの小言を受け流すついでに見つけた「自分でつくるお友達〜基本のパーツの選び方〜」に夢中のようだった。


「おっ、すっげぇな。やっぱ一昔前のパーツもなかなか味がッ──」


つい今しがた手に取ったばかりの「自分でつくるお友達」は、モノの見事にルピナスに取り上げられる。


「──わーったよ!!やりゃいいんだろ、やりゃ。でもよ、もう結構調べたぜ。あと探すっつったら……いっちゃん奥の棚か、その本の塔くらいじゃね?」


地下の書物庫の一番奥は灯りが十分に届いていないのか、少しほの暗く、独特の不気味さが漂っていた。しかし、ところどころに見受けられる天井までの本の塔を崩していけば、その問題も解消されるはずだ。
現に、今も本棚と本棚の間に存在する不安定な本の塔は、そんなに距離が離れていないルピナスとハティの顔に照らし出される明暗の濃度を変えている。


「仕方ないですね。ひとつひとつ探すしか方法がないのですから、やるしかないでしょう。」


ルピナスがハティを視線を促すようにして本の塔を見上げた。
心なしかうんざりしているようにも見えるが、ハティほどではない。


「はぁ〜。こんなことだったら、こっちをラブに手伝わせるんだったな。」


疲れ知らずの相棒を懐かしむように愚痴をこぼしたハティに、「ジュアン殿の書物庫が、荒らされていなければの話しですけどね。」と、ルピナスの嫌味が飛んでくる。
あながち否定できない事実だけに、ハティの顔が引きつった。


「アンジェ姉さんなら、やりかねねぇな。」


容易に想像のつく地下倉庫の現状に、ハティは苦笑する。そうして、単調な作業を再開させ始めたルピナスにならって、ハティも真面目に取り掛かりはじめた。
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