★愛欲の施設 - First Wedge -
□第三夜 尋問の食事会
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瞳の奥に吸い込まれそうなほど、キレイだった。
白さの混ざる銀色の瞳が見つめるほどに色を変えて吸い込むように誘ってくる。
「きれい。」
「は?」
また口に出してからしまったと思う。
彼らの持つ独特な瞳の妖しさを綺麗だと感じるのは仕方のないことで、毎回思わず口に出してしまうほど妖艶な視線に胸がドキリと音を立てる。
「すっすみません。」
ただならぬ雰囲気に、優羽はゴクリとノドを鳴らして視線をそらせる。
今度こそ悪運は尽きたと、早鐘を打ちはじめた心臓の音に余命を悟った。
「食われる覚悟はあるんだろ?」
再度、輝が質問を繰り返す。
「………はい。」
今度は優羽も、小さいながらもハッキリとうなずいた。
「私を食べるかわりに村を襲わないと、涼さんが約束してくれまし───」
持ち上げられたアゴに、突然重力がかかった。
何が起こったのか理解するよりも早く、優羽の身体は輝の片手に持ち上げられて宙に浮く。
「───ッな…ん、で…っ」
どこでそうなる要因があったのかがわからない。
軽々と輝に持ち上げられた体は、その体重のすべてを捕まれた首に集中させていた。
苦しい。
思わず両手で輝の手首に爪を立てているのに、彼の手首はおろか指先すら微動だにしない。
「人間が俺にかなうと思ってんのか?」
見下ろすほど高く持ち上げられた体は、足先をばたつかせる優羽に眼下の視線を集中させる。
輝の横に並ぶように竜の気配がクスリと笑った。
「村は襲うで。こっちは一年に一人っていう約束を守ってきたのに、そっちがそういう手段に出るんやったらしゃーないやろ?」
輝の真横に立つ竜が、輝の肩に腕をのせながら優羽を見上げる。
「俺らを満足させる姫巫女のひとりも用意せんと、姑息(コソク)な手に出たんや。当然の報(ムク)いやろ。」
「な──…っ…」
「俺らを出し抜けるなんざ、人間ごときが考えてんじゃねぇよ。俺らをこっから追い出したきゃ、てめぇらが勝手に出ていきやがれ。」
竜の言葉を引き継いだ輝にさえ、何かを言い返したくても、息をすることさえままならない状態では何も言えない。それどころか、酸素を求めて足さきがバタつき、首を締める輝の腕に爪をたてるだけで精一杯だった。
怖い、苦しい。
だけどそれ以上に、彼らの言っている意味がわからない。
一年に一度の約束も、姫巫女も用意も、彼らが望む答えが何かわからない。
「──ッ…ごほっ…ごほっ……」
つかまれた時同様、突然解放された体は床に落ちるなり、強く優羽をせきこませた。
求めていた酸素が急激に肺に入ろうとしているからか、息苦しくて涙が零れ落ちそうになる。
「はぁ…っ…はぁはぁ」
首を守るように手をあてながら、優羽は垣間見た死に恐怖を示していた。
彼らに食べられるのであればまだいい。
無残に殺されるのであれば、それは恐怖以外の何物でもない。
優羽が涙をにじませた顔をあげようとしたその時、ふいに地面がゆれる。
「きゃッ!?」
地震かと、優羽はとっさに床に伏せる体を硬直させた。わずかに地面が揺れているが、地震ではない規則正しい響きに優羽はゆっくりと体を起こす。
これ以上、自分の身にどんな災厄が訪れるのか想像したくもなかったのに、意識を現実にむけた優羽は、目の前に起こる出来事に息をのんだ。
「なに…っ…これ。」
たしかに地震と勘違いするはずだと、優羽はその大きな足から視線を徐々にあげていく。
銀色の垂れ幕だとばかり思っていたのは、今までみた狼たちとは比べ物にならないほど大きな大きな、本当に大きな狼だった。柔らかな毛を銀色になびかせ、七つもの尾ひれをもち、崇高な雰囲気を全身にまとっている。
この狼こそが"イヌガミ"だと、ひとめで理解できた。
「なんて綺麗な神様…これが、イヌガミさ…ま?」
無意識に手が伸びていた。
ふわりと触れるか触れないかの距離で立ち止まったその気配は、キラキラと陽の光を反射して白い輝きを放っている。
「ほぉ。」
心に直接語り掛けてくる息遣いに、優羽はハッと意識を現実に戻した。周囲を見渡してみると誰もがイヌガミに道を譲るように立ち控えているのに、優羽はその中心で呆然とカミを眺めていた。
場違いな行動をしてしまったがために、優羽は慌てて居住まいを正す。
それをどう思ったのかはわからないが、頭上高くにあるイヌガミ様は優しい笑みを浮かべたように見えた。
「随分と純粋なモノを持っているね。」
イヌガミが、静かに話しかけてくる。
「涼と陸が気に入る気持ちもわからなくはないが、なるほど。息子たちが騒がしいはずだ。」
誰も何も話さないのに、彼には今までのすべてが手に取るようにわかるのか、優羽の瞳を見つめるように見下ろしたまま一人で勝手に話を進めていく。そして唐突に訪ねてきた。