★愛欲の施設 - Love Shelter -
□第5話 囚われた感情
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陸の視線をなんとか上手く切り抜けながら、なんともぎこちない朝食を優羽は終える。
陸は何か言いたそうだったが、優羽が後片付けを全面に引き受けることで多少気持ちが和らいだのか、自室に戻っていく頃にはすっかりいつも通りに戻っていた。
「あれ、どこだったっけ?」
一通りの片付けを終えた優羽は、陸の部屋にむかおうとして廊下で一人立ち止まる。
どれも同じドアで、どこも同じ造り。
「二階の角部屋って言ってたけど。」
階段を上った二階が兄弟と幸彦の部屋があるフロアだと、晶が前にくれた地図に書いてあったはずだ。
等間隔に並ぶ廊下に面した巨大な窓の向こうは、まだ雨が降っている。
階段を背後に、T字に広がる廊下を見て、角がどの方向の部屋を指すのかがわからなくなってしまった。
今になって、陸を先に行かせたことを後悔する。
「たしか、右。いや、左だったかも?」
左右を確認するように、覗きこんだ優羽の頭だけが廊下で揺れていた。
不在の部屋を覗くまねはしたくない。
「何してるの?」
「陸っ!」
前から歩いてくる人物に、優羽は涙目で駆け寄る。
「陸のところに行こうと思ってたの。」
「迷っちゃった?」
「うん。」
「だと思った。」
困ったように、陸は駆け寄ってきた優羽に笑いかけた。
ほっとする。
どうやら、朝の不穏な空気はもうどこにもないみたいだった。
「もう、ちゃんと覚えてよね。」
「うん。ごめんね。」
一番右端の部屋に優羽を招きながら文句をいう陸に、優羽は小さく頭を下げる。
「素直が一番だよ。」
「それ、お父さんの真似?」
「あたりー。」
ニコッと天使の笑みで正解を誉めてくれる陸に、優羽も自然と笑みがこぼれた。
「よかった。」
「なにが?」
「いつもの陸だから。」
部屋のドアをあけて、レディーファーストだと先を許してくれた陸の横を優羽は通り抜ける。
「僕が怖かった?」
「そっそんなことないもん。」
仮にも年下の陸にバカにされたみたいで、優羽はドアを閉める陸を振り返って口をとがらせた。
陸は、それに笑いながらも優羽を近くに座るようにうながす。
「いいソファだね。」
「うん。僕のお気に入りなんだ。」
「それでかぁ。」
「なにが?」
「陸の匂いがする。」
部屋に入った時からそうだが、ここは陸の匂いが充満していると思った。
昨日、抱き締められた時にも同じ匂いがしたが、香水とは違う軽い香り。
「これのせいじゃないかな?」
「なに、これ?」
「ドライフラワー。」
クッションの中に詰めているものの正体を説明する陸に、優羽は感心した目を向ける。
陸はこういうところにこだわりを持っているのかと、新たな発見ができたようで嬉しかった。
「こういうのがあるなんて知らなかった。」
「欲しい?」
「えっ? いいの!?」
「うん。その代わり、毎日僕と一緒のにおいが優羽からすると思うけどね。」
からかうように笑う陸に、優羽の顔が赤く染まる。
それを横から眺めていた陸の香りがギシッと音をたてて移動する。
「ねぇ、優羽ってさ、僕のことガキだって思ってるよね?」
「えっ?」
抱えるクッションの上から陸の重みが加わって、優羽の顔が固まっていく。
定まらない視線を無理やり陸に合わせているようで、さっきまで赤くしていた顔がビクリと反応した。
「りっ、陸も知ってるの?」
「も?」
言ってからしまったと思う。
はっと、口からついて出た言葉に絶句した優羽の瞳に、口角をあげた陸がうつる。
「ふぅん。」
陸は天使なんかじゃない。
意地悪な悪魔だと、陸を見つめる視線がそう訴えていた。
「りッりく?」
ガラリと変わった陸の雰囲気に、クッションを抱きしめる優羽の腕に力がこもる。
「もう、誰かに告白した?」
「ッ!?」
驚愕に目を見開いた優羽の額に自分の額をくっつけながら、
「優羽って正直だね。それって誰?」
と陸は笑った。