★妄想小箱 - 読切 -
□夜蝶
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考えたこともありません。
蝶はいつだって、花に誘われ、仲間で群れるままに生きてきました。
追われて、逃げ出し、たどり着き、偽る。
誰が一番で
誰が美しいか
そんな世界しか、知りませんでした。
「強く咲き誇れるあなたがうらやましい。」
蝶は、涙ながらに訴えます。
そんなに強い心があったなら、短い命ももっと華やかに散らせることが出来たかもしれない。
後悔が溢れだして止まりませんでした。
「私も地面に強く根をはれる、あなたみたいな花だったらよかったのに……」
しくしくと、悲しそうに蝶は泣きます。
すると、花は優しくほほえみかけました。
「わたしは、あなたが羨ましい。」
「えっ?」
思いもよらない花の言葉に、蝶は涙をピタリと止め、そのまま花を見上げました。
なんて綺麗なんでしょう。
きっと誰もがため息を吐くに違いない花の言葉が、蝶には信じられません。
だって、そうでしょう?
空腹で弱りきり、飛び続けた羽はすりきれ、お世辞にも綺麗とはほど遠い蝶のことを"うらやましい"と言ったのですから。
「なぜ?」
蝶は、その答えが知りたいと思いました。
「なぜ、私がうらやましいのですか?」
「だって……」
花は、笑います。
「あなたには、世界を自由に飛び回れる羽があるじゃない。」
「は……ね?」
「そうよ。わたしは、ここしか知らないけれど、あなたは沢山の世界をみてまわることができる。ああ、なんて素敵なのかしら。
一度しかない人生だもの、出来ることならわたしも空を飛んでみたい。」
空をとぶ。
蝶には当たり前のこと。
「ないものねだりだとはわかっていても、他人は素敵に見えるもの。」
「………。」
「わたしは、わたしにしかなれないのに、誰かの真似をしたくなる時があるわ。」
苦笑した花に、蝶はパチパチと目をまたたかせていました。
「ねぇ、世界をみてきたあなたから見て、わたしは綺麗かしら?」
蝶にとって、その優しい花の問いかけには、自信にあふれた声で答えることが出来ます。
「はい。世界で一番きれいです。」
そう言いきれる蝶は、笑っていました。
「ありがとう。可愛い蝶さん。」
花も身体を揺らせて笑いかけてくれます。
「あなたがここまで飛んできてくれて、とても幸せだわ。わたしを見つけてくれてありがとう。」
「私こそ──」
初めて居場所を感じた蝶も言いました。
「──あなたに出会えてとても幸せです。」
飛んできてよかった。
咲いていてよかった。
蝶と花は、どちらともなく寄り添うと、そっと瞳を閉じました。
しばらくして、闇が白く染まっていきます。
そうして世界が明るく希望に満たされた場所では、地面に眠る蝶の回りを無数の花の種が飛んでいました。
《完》