キヒヒ!!!!

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次に目が覚めたとき。


私は60%ほど透けていて、1mほど浮いていた。


「は?!」

私の透明度は間違いなく0%のはずだぞどうなっている!?


そして、ここもどこだ。

真っ暗であったので、額に黄昏の炎を灯す。
炎はいつもの透明度。

照らされたものは、床だけだった。
果てしない平面で、壁が無い。
闇、闇。
広い空間。
においからして、屋内だ。


移動できないか試そうか、と思案したところで、

「意識に問題は無いようだね」

急に光が差した。

目前に。


「おはよう、サプリの写し子」


スポットライトのように差した光の中心に、シャンと立つ仮面の男性。
が、私にそう言った。


「おはようございます。あー…」

「チェッカー・フェイス。そう名乗らせて貰おう」

「おはようございます、チェッカー・フェイス殿」


そう。
彼だった。

「気分はどうだ?不自由は?」

その言葉に、私は空中で胡座をかいてみせた。
思ったより簡単だった。
腹の痛みもない。

「ありませんね」

「それはよかった」

彼は笑った。
相変わらず、なんの気配もしない。

「説明を求めても?」

「…少ない言葉にまとめて言うならば。
 私が、君の精神を取り出し、その身体を与えた」

「そうでしょうともそれはなぜ?」

「あらゆる世界に私の存在を悟らせるわけにはいかず、それでも君を助けたかった。とだけ」

「はあ。それで…私の身体はどうなったんですか?」

「……手厚く丁寧に扱われているようだ。今のところは」

「誰に」

「それを言ってしまうと、君が己の身体を認識した状態で接近してしまう可能性が出る。それはいけない」

「認識していなければいいと」

「その通り」

「……私はこれからどうなりますか?」

「そのままだ。君の身体が、解放されるまで、…それが数時間後となるか、数千年後となるかは私にもわかりかねるところだが」

「ふぉ」

どうなってんの身体ァ!!
たしかめっちゃ腹痛めて気絶してから記憶がないのだが!

「それまで君はその状態のまま…だからこそ、不便はないように作らせてもらった。」

「透けてますけど」

「その点は妥協してくれ。
 代わりとして、現在君を所有している者とその配下や協力者は、今の君を認識することはできないのだから」

「ふむ」

「食事は必要なく、呼吸も不要。死ぬこともない。
 物質に対し不干渉であり、移動も上下左右自在のはずだ。」

「触れないんですか」

「基本的には。しかし一存で干渉可能でもある」

「生身より便利っすね」

「そう感じてくれたのなら安心する」

「はい。……それで」

「何か?」

「私はこの霊体のまま…ただ過ごしていればいいと?
 それともあなたの配下として働く必要が?」

「選び取れというのなら、前者だ。
 私がサプリを…その命水流るる真たる写し子を、働かせたりなど、するはずもない」

「……顔も性格も本能も遺伝子も汚染されまくった私ですけど、それでも?」

「君はかわいい」

今ならその言葉の意図を理解できる。
おそらくだが。
チェッカー・フェイスはまるで、亡き親友の子供を見るような感覚で私を見ているのだろうと。

以前ユニから聞いた話から推測すると。
太古の人類。聖母のような中立の人が疲れ果て、自分のクローンを作って眠らせ、傍らで死んだ。
作り手の名はサプリ。
そのクローンがきっと、私なのだろう。

「…なんとなく予測はしてましたけど。未来でお会いしましたね
 裏山で私をまいた白髪の人」

「おや…」

「わかりますよ。同じ言葉を下さった」

その答え合わせをしよう。

「サプリの写し子。あなたはそれがかわいいと言う。そしてそれは私だ。
 これについて、お言葉を頂戴することは?」

「……いいだろう。およそ無駄口となることも、ないだろう。
 君の純粋さと柔軟性はサプリに似る」

せやろか。

多分なんでも疑いなく信じることに対して言ってるんだろうけども。
たとえ嘘だとしても支障ないから信じるだけなのだが。

否定は、自分が傲慢になった気がするので、気分が良くない。
だから肯定する。馬鹿でも清らかであらんとする愚かで弱い心の表れだ。


「君は―――」


そして、およそ紡がれた言の葉は、
それはありきたりで、想像の付く、稚拙な物語であった。


腕を後ろに組んでくるりと宙を舞ってみる。

自由な身体は、自由に動く。
自由は、自分を可哀想がることができない。


物語に耳を傾ける。
なんの術か、空間に映像が投影される。

ここがサプリの死に場所であり、この私が誕生した場所だという。
森に囲まれた泉。


水面がキラキラと輝いている。
不自然なほど、鏡のように。
そこに沈む、おびただしい人形たちを隠すように。

同じ顔をした人形たちは、
底を覆い隠すように積み重なっている。

最下に沈む、亡骸の影武者のように。
最下に沈む、尊き幼児を守る肉盾のように。


「キヒヒッ!」


チェッカー・フェイスの言葉が終結したとき、この胸から湧き出たのは、笑いだった。

そうか、そうか。
そう来るか。


「なるほど、なるほど」


髪のひとふさを、指先にくるりと巻き付けて独り言ちる。
嗚呼……可笑しい。


この髪は、ピンク色だったのか。

この肌は、褐色で。
この顔は、もういくらか整っていて。
この四肢は、もっと華奢。


チェッカー・フェイスは、そんな私の反応に槍を入れるでもなく、静かにこちらへ視線を寄越す。
何を言うでもなく、表情も無く。
空中の私を、ただじっと見上げていた。
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