キヒヒ!!!!

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「そろそろ時間だ。」

くるりと、魅々子は背を向けた。
回りざまその姿は本来のものに形を変えた。

トレント。
木の肌の上に、葉色の髪が靡くように揺れた。

「この姿は、痛みと出血がない。だから、胸を開けてしまったけど平気なんだ。

 ……元に戻ったらそれですぐ死んでしまうけどね」
「!!」

バキバキとその身を軋ませて指先から人の肌に戻り始めた魅々子の言葉を理解した瞬間
私は、なりふり構わず飛び付いた。

ばきり。と。
魅々子は嬉しそうに、沢山の枝を生やして私を捕まえた。

「……!」
「会えて良かった。久几さんにもらった言葉は宝だよ」

身体中を突き刺され、ズタズタに拘束された私を見上げて魅々子は笑う。
枝から肌になったのは、手首から先だけだったようだ。

「最後に、ぼくの久几さんに、褒めて欲しかったな
 せっかく指示通り、炎でフランの記憶を弄る実験に成功したし、言われた通りスクアーロに寄生してこうしてここにやって来たのに」

「そうだったんスね」

フラン来なかったのお前の仕業ないし私の指示かい。
てかスクちゃんタクシー。

「……でも。もう、いいです。
 褒められ損ねるなんて、前の世界では普通だったから、それに慣れてたから」

ほーん。

「そんなぼくを貴女は絶えず褒めてくれた、沢山の言葉をくれた。

 ぼくは生きて良いのだと、初めて実感できた」

私の頬を撫で、

「久几さんの視野に救われた」

先程まで枝先だったそれとは、明らかに違う。
血の通った柔らかな指先は、ゆっくりと降りてきた

「ぼくの世界は狭かった。ぼくの世界が果てだと思ってた。
 両親に、そう思い込まされていた」

穴ぼこの首を伝い、折れ曲がった肩を通り、

「両親がぼくを殺したりなんかするはずないのに
 言いたいことを綺麗に遠回しにどう言えば良いかわからなくて、だから、叫びながらのみ込んで、のんで、のんでのんでのんで、
 副産物の涙を出すことも許されないと思い込んで、感情的になることもできなくて、雑に扱われる……男だから、男だから、男だから、みんなそうだから」

でも、
と続ける魅々子の指先は、すでに私の指先までたどり着いていた。
突き出た小枝を抜いたら、湧き水のように溢れていた血が、川のように流れた。

「それは、ぼくが作らされたように思い込んで勝手に決めた法律だ。
 それに気付けず、ドアノブに縄をかけてしまった。
 分析して、根本を見付けて。
 根本と対話すればよかったんだ。自分を守るために。それだけだった

 普通の人が酷いのは、それを無意識にやるからだって、言ってました。
 自分を守るために、心を歪める、生きるためにそれが必要だから。
 怖くなんてない。弱く哀れなだけだって」

魅々子は私の手に刺さる枝を一本一本抜いた。
血でびしょびしょな私の手をその両手で包まれた。

「終わりたくないのは、本当。でも、意味がないから。
 貴女の居ないこの世界なんて」

おお?

「どっちみち、貴女とはお別れだ。
 この……薄暮の炎、貴女への想いで吹き出す炎。
 それだけ焦がれている貴女との日々を終わりたくない。心からそう思ってる。けど、叶わないのなら……」

そう呟いた魅々子は、血にまみれた手の甲に額をあててきた。

「ぼくは貴女を崇拝して生きます」


ゆらり。

その姿が揺れた。

言葉を吐いてる最中、急に。
ノイズがかったホログラムのように、向こう側が透けた。

そのまま
ゆるり、と顔を上げたのは、
見知らぬ少年だった。

その辺を歩いてる学生となにも変わらない、
すれ違って数秒後には忘れているだろう、普通の顔立ち。

その身がノイズがかっているのも、
額から私の血が垂れるのも、全く気にせず
それは、微笑んだ。


「さよなら」


ぼとり、と。
私の首が落ちた。

この身を貫く枝が急に暴れて、私を八つ裂きにした。


すべての手応えが消え、
目を開けたとき、

そこには、ズタズタにされた私の肉だけだった。


崇拝相手のことをなぜ殺した。
くだらねえ心中気取りか?
答えは迷宮入り。
どうでもいい。

重要なのは、ひとつだけ。


「やった」


今。
魅々子が消え、私が在る。
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