キヒヒ!!

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「変なことを聞きますね」

彼は瞳を細めた。
いいかげんその姿勢のままで腰傷めないか心配になってきたけど。

「君は強い。僕らと面識がある。なにより友好的だ」

「そうではなくて。
 一番初めに、私にコンタクトをとってきた理由です」

「そんなの簡単だ。かつての同士だったから。以上です」

「それがわからない。

 君たちを置いて逃げ出した薄情者だ。絶対的な生の確信を持ち、死の恐怖もなく。
 私を疎ましく思う子もいた気がするよ。つまりは、君たちとは違う。」

「しかし、そのおかげで、致死率の高い危険な実験はほとんど君に吸着されていった。

 まるで殺しにかかるようなほどの勢いで…。君を実験で殉死させることこそが目標になりかけてさえいたではないですか」

「なんでそんな鮮明に覚えているのかさっぱりぽんなんですけど。
 私昔のことなんて全然覚えてないのに」

いい加減見てるこっちがつらい。
彼に近寄って、空いている腕を引く。

「ちょ…?」

「それこそ、成長したこの私を見つけたとき、それが私であるとなんでわかったんですか?」

引っ張られ目を見張る彼を横たえる。
起きる頭を包むように押し、寝かせる。

「面影こそあれ、普通に成長して装いも髪形も変えたというのに。」

彼の髪の感触と温かな体温を味わうようにゆっくり撫ぜてみる。
彼はキョトンとしていた。
逆さの重力だろうが横になってしまえばそう変わらないだろう。
 
「見てください私を。こんなにも変わり果てた、裏切り者に、どうして気がつけた?」

「クフフ……積極的なんですね、今日は」

「……。」

「冗談ですよ。
 なるほど、こうすると楽だ。ありがとう」

「質問の答えは?」

「フフ……、恩を。…感じていたんですよ、特に、僕と千種は」

「恩?」

「言ったでしょう。危険な実験の矛先は君が吸い上げた、と。
 そして僕らは君の運が欲しい、と」

「それがどう恩につながると?」

「本当に、覚えていないのですね。
 …実験体の僕らだけの、秘密でした。君に励まされ、キスを貰った者は、少なくとも次の実験では死ぬことはない」

「え?なにそれそうだったの?」

「ええ。それから、僕に回ってくるはずだった実験を、君が引き受けたりもしてくれましたね。

 あの時の僕は…そう、すでになにもかもに失望していた。誰ともかかわらず、目立たず、ただずっと考えて過ごしていた。」

「考えて……。
 それはつまり、現状と、すべてを?」

「ええ。
 思考の始まりはほんの些細なことでも、どんどん根は広がっていく。そこに限りも、否定も、肯定もなく、すべては自分にゆだねられる。
 別段居心地がいいというほどではありませんが…いつも、そこに逃避していた」

「覚えがあるよ」

「おや、そうですか。共通点は、嬉しいですね」

「それでも、君たちを思い出せはしないけど。
 ごめんよ。脱線させたね」

「かまいません。」

彼の視線が再び虚空に投げられた。

「…関わりを持たなかった。
 近寄ることすらしたことのなかった僕の不調に…隠していたのに、熱があると気付いた。
 僕に…優しく触れて、声をかけてくれました。それでも返事すらしなかった僕なのに。

 『弱った検体でデータが取れるか』と、僕の実験を自ら申し出て、かわりに引き受けて。

 その実験の最中に機器が故障したので…おそらく君がいなければ、僕はあそこで死んでいたことでしょう」

「ごめんまったく思い出せない。」

「…そうですか」

彼はほんの少し寂しそうに笑って、私の手を包んで、頭を撫でさせるように動かした。

「それでも、あの時の、冷たくやわらかな手の感触と、聞こえてきた君の悲鳴を、僕はきっと忘れません」

「なんか告白みたいでいやだなあ…」

「クフフ。大丈夫ですよ、性愛ではありませんから。
 ……もっともっと暖かくて大きなものです」

「なおおそろしいわ!!!」

「おや、辛辣なことで」

こわいこわい。そんな甲斐性ないよ私

「まあ良いですけれどね。時は下るものですから……。

 僕は、君の声帯の音を覚えています。

 そして千種は、…詳しくは聞いてませんが。
 君の容姿を、鮮明に覚えている。

 だからこそ見つけられた。」

「容姿ねえ…」

「顔もそうですが、虹彩も覚えているそうですよ。」

「なにそれすごい。それじゃあ、ちょっとの変装くらいものともせず確実に私を間違えないってわけだ」

こわ。でも面白いな。

「……さて。
 それでは質問には答えたので、そろそろ失礼しましょう

 結局、思い出してはくれないようですし」

「すみませんね」

「いえ。
 …覚えていないということは…見返りも求めていない無償の優しさであったということ。
 それがわかったので、もっと好きになりましたよ」

それでも彼は、どこか物悲しげな目をしていた。

濡れた猫のような表情で、彼は私の手に頬をすり寄せた。

「また会いましょう
 今度はこの場所ではないどこかで」

「であるなら、すぐ会えると思いますよ」

リング戦はもう、すぐそこだ

「……だと良いですがね」

猫のように目を細めて。
私が敵だと知ったとき、この顔がどう歪むのか。
見てみたいなあ
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