キヒヒ!!
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元の場所…ベッド脇の床に戻って惰眠をむさぼっていれば、いつの間に意識が沈んだのか。
また来たよ。
はんだのにおいと、毛布の感触。真っ暗な空間。
逆さまの重力の場所に。
私以外の人が立っていれば頭に血が上る。
立つことは許されているし、気が付かないような環境なため彼は不思議に思っていたようだが。
「…ご機嫌は如何?六道骸」
「ここが、最悪、であると。知っているくせに」
目前の彼がぴくぴくと眉を動かして不機嫌をあらわにしている。
鼻つまみながら頭まで抱えちゃって。しんどそうなことで。
花粉症と風邪ってだいたい同時に来るよねえ。そんな出勤中の私みたい。ってああ、三次元思い出しちまった。最悪。
「前屈すればマシになると思いますよ。クラクラ。」
「……」
おや意外。
フラッと、彼は素直に上半身を下げた。
「…………確かに。」
「お役に立ててよかった」
下げられた彼の後頭部。
へんてこだが、襟足がセクシーだ。
「…ねえ六道骸。君はとても素敵な人間だ」
「なんですか急に」
「復讐者から2人を逃がすためにおとりになっちゃってさ。人間らしいところがある。好きだよ。人間くさい人」
「………なぜ、それを?」
よたよたと彼はこちらに視線を向けるべく方向転換した。
立位体前屈のまま。
ケツと膝裏と顔をこちらに向けて鼻つまむ六道骸。
おもしろすぎるから突っ込まずにいようと思うよ。
「なぜ知ってたか?ご想像におまかせするよ」
「その場に居た、とか言うのでしたら私はあなたを憎みます」
「さあ。
一つ言えるのは、…あまり、不快で特異な人に接触するもんじゃないよってことかな」
自分を指さして笑えば、彼は眼輪筋をひきつらせて一瞬目をそらした。
「まさか、今、『見えてしまった』…とでも?」
「暗くて寒くて体は痛くて、深い地中だというのに土を踏む感触はなく、生物もなく、空気に触れることすらできず。水中で触れる布地は不快で、しかし纏うものを振りほどけたなら何も困らない。」
「……知ったようなことを」
「ノーコメント。
ただ君のことは好きだよ。しかし私の幸運はたぶん悪運だ。私だけのものだから分け与えるなんて難しい。あやかるのは難しい」
「……。」
「犬と千種の生還おめでとう。それから、凪の獲得も、おめでとう」
「そこまで知っていますか」
「不思議だねえ。
不思議といえば凪ってイタリア語ではカルマと言ったりもするよね。カルマねえ。業だねえ。…ハハハッ不思議だあ」
おどけて見せれば、彼はスッと表情を消して瞳を閉じた。
「惨めに眠る僕に……同情しますか?」
「賞賛しますよ?」
「賞賛?…意外な答えだ」
彼はきょとんと瞳を開いた。
「どんなものであれ結果は勲章でありトロフィーだ。栄光はもちろん、痛みや苦痛や惨死であってもさ。
それを称えるのはおかしいか?」
「つまり憐みの一片もないと。冷たい人だ」
「…同情は、基づく行動も選択もしていないのに訪れた不幸や理不尽に苦しむ人に向けるべきと考えている。私はね。
あなたがランチアのファミリーの中でもらった居場所に甘んじ、そこに犬と千種を招き、そこで生きるという選択肢をとらなかったその結果が今の痛みだろう?どこに同情すればいい?」
「クッフフ…まいりましたね。ランチアとの事も知っているとは」
「クヒヒッすごいだろー。
つまりは…、全てを自分で定め、行動し、招いた結果に同情するのはばかだ」
「そんなばかも、世の中に数人は必要であると思いますけどね」
「…何?あなたは同情をして欲しかったの?」
「苦しみを憐れんでもらいたいと思うのはいけないことでしょうか」
「お前それでも男か。女々しいったらないな。
それとも、愛情に直結しかねないこの感情でもって私をどうこうしようとでも?」
「クフフフフ、……その思想があるのなら、ばれているのとそう変わらないですね。
その通りです」
「おや、いいのかいアッサリしてはる」
「意味がありませんから。回りくどい真似をしてしまいすみませんでした。あなたにこれは無駄だ」
「そうですか」
「お願いです。脱獄した犬と千種は今、再び黒曜ランドを拠点にしています。
どうか、彼らの傍に居て欲しいのです。
あなたは強い。」
「…守れと?」
「はい。彼らのか弱さを、あなたはあの場で目の当たりにしたところでしょう?」
「たしかに、彼らの改造は中途半端のようで、弱いね。千種なんか特に、普通よりちょっと頑丈なだけ
意思があるだけまだ粘るけれど」
「弱いものは、守りたくなる。そうは思いませんか?」
「守られなかった弱いものからすると、守られる弱い者には憎しみと妬みしかわかないわけで」
「……?」
「いや、いや、アハハ。
常人よりはずっと強い。誰に守られようとも、彼らは好きだよ。もちろん
私のものさしを教えようか。
有形のものは強さ。無形のものは面白さ」
「何が言いたい?」
「断ります。今の私は、ここから…日本ではないこの場所から、動けない」
「……そうですか」
「でも好きですから。ちゃんと」
「役に立たない好意なんていりませんよ」
「ごめんなさい。力になれなくて。
せっかく、悪臭と不快感のこの空間にまた訪れてまで頼ってくれたのに」
「…二度と来たくなかったんですよ。僕だって」
「すみません
すみませんついでに、一つ質問良いですか?」
「なんでしょう」
「あなたはどうして私に関わりに来たのですか?」
「…どういうことでしょう」