キヒヒ!!

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これで、私の勝ちだ。

勝利を確信し、
振りかぶったその燃え盛る右手が、

彼に叩き込むはずの利き腕が、


破壊音とともに現れた

何者かに掴まれた。


「火下咲」

バキンッという音とともに、目の前で起きた現象に、

「あ、…い」

久几は刮目し、
一瞬で理解した。

「いやああああああああッ!!!」

瞬時に想像した。
最悪の事態に恐怖した。

凍る利き手の炎。

自らを掴む腕を振りほどき、その場から飛び退いた。
飛び退けなかった。


足も、凍りついていた。

「ああ!ああ!クソが!!クソがあッ!!
 なんで来てんだよ!!帰れ!帰れよ!!」

凍った腕で繰り出したパンチは、届かなかった。

これができるのは、



「……ツナ?」

おそるおそる目を開けたヴァニタが、その人物の名を口にした。

「……」

血塗れボロボロの、沢田綱吉だった。


「ツナ…、ツナあ……」

彼の登場による安堵感に抗いきれず、ヴァニタの瞳からポロポロと涙がこぼれた。
ヴァニタの足にまとわりついていた桃色は、消えていた。

命の危機にさらされて、ヴァニタも怖かったのだろう。
ツナは静かに、彼の頭を撫でた。
かつて、右目を抉られたばかりの彼が、怯える自分にそうしてくれた時のように。
ずぶ濡れだろうが構わず、彼の額に灯る灰白の炎も恐れず。



「ふざけんな!!邪魔すんな!!帰れ!今すぐ帰れよ!!」

溶けない氷に身を拘束された彼女の脳裏には、敗北の文字が浮かんでいた。
全身を凍らされるのを恐れ、体中を覆っている火を消した。
無駄だと分かっていたが。

今度は彼女が、なすすべなく足掻く番だった。
無様に。


「火下咲ちゃん……」

ツナは、ヴァニタ同様ずぶ濡れな彼女を見た。
赤く腫れた瞳。
顔面にある水の痕はプールの水によるものではないことは一目瞭然だった。

「ずっと聞きたかった。……どうして君は」

「XANXUS!私をカッ消せ!!私を塵にしろ!!そしたら……、」

私の凍っていない部位は脱出できる。

「私はここだァッ!!聞こえているんだろぉ!!なあ!」

ツナの言葉など聞こえていなかった。

ただここから逃げ出そうと必死で、なにも思考せず、
スクアーロにも負けない轟音声で、掴める藁を求めてただ叫んだ。

「お前の相手も居るんだぞ!!何やってんだよクソガキ!!来いよ!やれっつってんだ!!
 なァ!!?XANXUSゥァァア!!」

「無駄だぁ」

チェルベッロの一人が持ってきたスピーカーから流れたスクアーロの声が、彼女の叫びに答えた。

「あいつは敗れた。気を失ってる」

その言葉に久几はピタリと止まった。
驚愕はなく、ただ静かに顔を歪めた。

「……、
 知ってるよ。ツナがここにいるってことは、そういうことなんだろうね。スクアーロ

 っリボーン!バイパー!コロネロォ!聞こえてるんだろ!!」

だがすぐに、また喚きだした。

「誰でもいい!!あの人を連れてこい!!
 今すぐ!連れて来い!!私を、殺せ!殺せ!!!
 私を殺させろ!!あの人ならそれができる!
 負けるくらいなら!死んでやる!!死なせてくれ!!この私のまま!!
 何してる!!」

返事はなかった。

「……

 無理。
 知ってる
 そもそもそんな時間、ないし」

目に見えて勝手に落ち込み、
そしてスピーカーを持つチェルベッロを睨んだ。

「薄明の勝敗は、どうつける?
 勝利も敗北も、できないが」

「……。
 先ほど、XANXUS様が失格となりましたので自動的に」
「アッハッハッハッハッハッ」

皆まで聞かず彼女はひとりで笑い始めた。

「だろうね!だろうね!!ハハハハッ
 キヒヒヒッヒッヒッくくく…


 役立たずのクソ共が!!
 もういい!もう嫌だ!
 この世界まるごと呪ってやる!祟ってやる!!苦しんで死んじまえ!!ああああああああああああ、」

快楽を知ったあとの普通ほど残酷なものはない。

近づいてくる三次元。恐怖、嫌悪、逃避願望。
あの世界の自分の命は、自分だけのものではない。
やり残したことが多すぎる。やらなければいけないことが多すぎる。
自ら命を絶つことで泣く人がいる。だからこそ、死ねない。自分なんかのせいで迷惑もかけたくないし悲しませたくもない。そんな優しく育てられた彼女だからこそ、疲れてしまった。
根本は優しくなんてない、小さな人間だというのに。それにそぐわぬ教育と愛を受けすぎた。
怒りを覚えることは恥、嫉妬は恥、取り乱すことも恥、人前で泣くことも恥、誰かに不快感を感じる事は罪。
誰かに恥をかかせるくらいなら自分を偽り自分の責任にしろ。
恥ずかしいのは嫌だ。責められるのは嫌だ。みっともない自分が嫌だ。
弱いくせに何もできないくせに、こんなことで嫌だなんて根を上げる弱い自分が嫌だ。
息苦しくて、怖くて、嫌で、何もかも捨てて逃げたかった。でもそんな勇気がないからこうやって苦しんで。
やっと逃げてこれたのに。
この世界にはなにも私を縛るものはなくて。
生きることがちっとも苦ではなくて。
胸が羽根のように軽い。身体も軽い。
捕まるくらいなら、連れ戻されるなら、
逃げきったまま死にたい。
誰も悲しまないこの世界で死にたい。
捕まったらもう死ねない。
ずっと死にたいと願いながら、苦しんで生き続けなきゃならない。

「ああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああ」

久几はぼたぼたと涙を流し、嗚咽を隠すようにただ無為に叫び続けた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ
 アァァァアアアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァアぁ
 あああああああああああああああああああああああああああああああ」

少なくとも叫んでいる間は、ここに居られると。
悪あがきであろうが、一秒でも長く、居たかった。

「あああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああ」

改造人間の常人離れした肺活量。
息継ぎなく何十秒も続いた。

「ああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああ!!!」

肺と腹、全ての空気を出し切ったとき。
絶望感と恐怖感がピークを迎えた。

かくんっと、彼女は気絶した。
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