キヒヒ!!

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殺られた。

と思っていたのに。


気がつけばヴァニタは、落下していた。

共に抉られた地面と共に。


ドバッシャアァアン!、と。 
プールへ落ちた。


「うわぁあぁあっ、あっブハッ、ハッっゲホッ」

沈む地面とは違い、彼は水中で体勢を立て直した。


生きている。


「……ナマ言ったらすぐにでも、沈めるから」

痛々しい、ガラガラとしわがれた声。
彼女の殺気が弱まっていることに気付き、ヴァニタは顔を上げた。

プールサイドからこちらを見下ろす彼女の瞳には理性があった。
それから、黒い楕円が消えている事にも気が付いた。

久几にも、良心はあった。
いや、そもそも彼女が三次元を嫌うのは……、弱く、優しく、無力で劣る自らを自覚し、だからこそどんな他人をも許し、自分の欠点を異常なほどに責める心を持っていたからこそだった。
無力に逃げ惑う生き物を前に何も感じない強靭な心があるのなら、そもそも三次元で問題なくやっていけている。

困惑と恐怖、驚愕におののくヴァニタ(二次元ではない生きたもの)を見て、彼女の殺意に迷いが生じてしまった。

黒い楕円は、そのときにすっかり萎縮してしまっていた。

何より、爆発したアドレナリンの持続時間。
その数秒を過ぎてしまった。

理性を手放し続けるということは、彼女にとっては難しく、恐ろしいことでもあり。
ふと意図せず、自我というセーブがかかった。

彼女の顔面を覆う桃色のヴェールは、依然として燃えさかっていたが。


一方、
かろうじて話は通じることをさとったヴァニタは、安堵の息を吐いていた。

「あの……確かに沈めたはずなのに、どうやって?」

「君が知らないのなら、私も知らない」

「そっ…か」

「それだけかよ?」

「一言。」

「うん」

「……あのね。
 俺、考えたんだけど、」

「……」

「やっぱり、俺

 君に勝利を譲る――



 なんてできない!
 俺だってこの世界で生きたいッそれだけはゆずれない!!」

ボワッと、ヴァニタの全身が再び灰白に包まれ、水面に姿を消した。
ゴオッと、久几の桃色が燃え盛り、彼女の纏う服に燃え移った。

「私だってゆずれない。
 たったひとつ、これだけは」

僅かに抱いた期待を裏切られた久几は、泣くように、いびつに笑った。

プールの真上から、
先ほどよりずっと大きな地面の塊を 落とし蓋のように投げ入れてやろうと、腕を振りかぶった。



しかし、純粋な死ぬ気でもってほぼ無意識に操っていたあの大きくて黒い楕円を、再び呼び出すことはできなかった。

振り下ろした腕はただ宙を切った。

ただ辛うじて、彼女の薬指を覆う鉤爪のような形でそれは灯っていた。
なくなってはいなかったが、これでは小さすぎる。


タイムロス。
意識もそらしてしまった。


久几は舌を打った。


一瞬以上の時間を与えてしまった。
もう水からあがっているかもしれない。


使えるのはこの変なピンク色しかないか。
服に燃え移ってしまったが、黒の鉤爪と違い、コントロールは利いている。

性質は分解系ではないから、服は無事。

この桃色の炎が持つ性質は理解している。
最初。炎から海水を滑り落とした時から既に。


久几は鉤爪を消して目を閉じ、集中した。

音を
空気の流れを
振動を

探った。


視力無く過ごした日々のように。
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