キヒヒ!!

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「XANXUS様」

「何の用だ」

「……ご挨拶ですねぇ。」

昨日と同じ部屋。立派な椅子に腰かけて、また彼は酒をあおっていた。

酒のにおいが昨日よりも強い。

「そちらへ行っても?」

「来い」

「有難う御座います」

彼の傍らに立つモスカを通り過ぎ、彼の視界に入る。

「目の包帯、取ってもいいですか?」

「オレがやる。寄れ」

「あ、はい。お願いします」

言われるまま、彼の手が届く範囲まで行き、眼鏡をとって膝をつく。

酒のにおいにつつまれた手が、留め金を外した。
予想外にも丁寧に、ゆっくりと視界が開けていった。

まぶしっ


一日ぶりの視界は、色は、やけに煌びやかだった。

眼鏡をかけようとする腕を止められた。

「?」

顔を上げれば、ごつんと、額に温かくて硬いものがあてられた。

それは彼の額だった。
瞳は閉じられていたが、思わず息を止めた。

険しく悲痛な表情をしていた。
奥歯をかみしめて、何かに耐えるような。
言葉になりそこなった空気の音が、強張る喉から漏れ出していた。

10秒と経たたず彼は身を引いた。
何事もなく。

意図が判らないが、スクアーロの死に関係した行動ではないか?推測だが。
外では平気に振る舞い、落ち込むのは家で、という気持ちはわかるしきっと誰しも覚えがある。

今度こそ眼鏡をかけて、改めて彼を見上げれば、いつも通りのXANXUSだった。

ってオイまーたバーボンストレートでやってるよこの人。
内臓大丈夫かよ

「親しくしていたな」

「はぁ……?」

「あのエサとだ」

「……スクアーロですか」

「そうだ
 あのうるせえドカスだ」

「そんな仲良く見えましたかねぇ?」

「あいつにだけ敬称がねえどころか、ふざけた名で呼んでいたな」

「あー……」

「ああいう男が好みか」

「あなたも好みですよ」

「そういうおべっかが聞きてえ訳じゃねえ」

「といいますと」

「失って、どうだ」

「どうもこうも」

どうしてそれを聞くんだろう。
私の感情を知り自分の想いの程度でも図りたくなったのか?

「どんなに執着し好いていたものでも、失ったらもうどうでもいいですよ」

なんであろうと乗る気はない。

「……ほう」

恐ろしいのは心変わり。
彼が自分に言い聞かせているであろう言葉を投げるだけだ。

「なにごとの終わりも、そりゃあ何気も呆気も情緒もないものですよ。
 そういうものでしょう」

「羨ましい感性だ」

「皮肉ですか」

「……フン」

「そうですか。」

「…………」

「……そちらは、どうです?
 ずっと待っててくれていた人を失って」

「てめぇごときに話すと思うか」

「思わないです」

「だろうな……」

「楽になるなら話してくれたほうが嬉しいですがね。
 不快をぶつけて楽になるならそりゃもう喜んで」

「何様だ」

「さあ?なんならあなたが決めてください」

「……チッ」

「みーんなあなたを人間として見ないですけど、私は違いますよ。
 あなたは人として見られたくはないのでしょうが、でもほら
 殺したら死にますし」

人格は環境。戦闘力と知識は努力。
苦しまない人間なんていない。弱さのない人間なんていない。恐れのない人間なんていない。

それだけ強くなったのは、次期ボスとしての誇りとプレッシャーのせいではないか。
努力せずして母国語以外の言語ができるものか。知識も教養も学ばずしてボスが務まるか。
強さを求め、ボスの座を求め。
だがそれは9代目の息子だったからではないのか。彼の人格をこうしたのは、父たる男が大マフィアの偉大なるボスだったからではないのか。
同じ路線ではかなわないとさとり、違う方法でもって彼に並ぶ偉大なボスになろうとしたのではないのか。父の息子として恥ずかしくない、偉大さが欲しかったのではないのか。
人格すら歪めてまで。振る舞いも、そうなるべく何年と続けていればそのまま人格になるものだ。
折角歪めた人格を全否定されて、絶望もしたことだろう。ボスでない自分は誰だ。自分は何だ。自分は何処だ。もう全部捨ててしまったのに。今までのすべてはなんだったんだ。今まで抱いていたものはなんだったんだ。果てもなく、計り知れない空虚と絶望。だが彼はそれに耐え、想像もつかないほど大きな空虚すらも自力で埋め、立つことができた。埋めたのは、怒りと復讐心。炎を宿していた彼には、果てなくそれを湧かせ維持する才能があったのだろう。怒りは自衛心の筆頭だ。
ああ、もしもに意味はないけれど、引き取らずに貧民街でそのまま生きさせていれば、彼の人格はまた違ったかもしれないのに。

10月10日生まれ。バーズと同じ。
あんなふうに育ってた可能性も、あったんだろうなあ。

全部全部考察だけど。


「イラつく餓鬼だ」

「ん?16も充分ガキだと思いますけどね」

「……24だ」

「若造ですね」

「てめぇよりはマシだ」

「さあどうでしょう」

「……あ?」

「キヒ、冗談ですよ」

「…………幾つだ。」

「さあ?生憎数えてないもので。

 それより、痛惜があるのなら、早く消すといい。
 失ったものは戻らないし、時間を巻き戻すのは頭のなかでしかできないことだ」

「……るせえ」

「もし本当に、思うところがあるのなら、そうだね、
 …グラスに残ったその一口で、とっとと忘れるといい」

「………」

XANXUSはこちらを反抗的にひと睨みした後、スコッチではない別の冷えた酒を乱暴に注ぎ足した。

ただの意地かもしれないが、
グラスに残っていたバーボンを 見立てて みたら、そのまま飲み込む意気地がなくなって薄めたようにも見えた。
どちらにせよ小さい男だ。

はたから見てろくな味がしなさそうなキツイだけのそれを、彼はためらうことなく一気に飲み干した。

咳き込むのをこらえて体を痙攣させながら。

想いを誤魔化し飲み込むように。


空になったグラスをこちらに投げてきた。
あえてよけずにいればガシャン、と割れて、切れた額から血が伝った。

彼は胸と喉をおさえて前かがみにせき込んでいた。
苦し気に。ほんの少しの涙を滲ませて、喉を悲痛に鳴らす。

その喉を焼くのは本当にアルコールだけなのだろうか。

ちょいと手を伸ばせば、水の入ったグラスに届くのに。

そうしないのは、きっと、そういうことなんだろう。


嗚呼。
この痛々しく、不器用にもがく、救いようのない少年の、なんと愛おしいことか。

その姿を見せる相手に私を選んでくれてありがとう。
弱みに付け込んで無理矢理近くに踏み込んだのは、他でもない私だけど。
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