SKE48

□いかないで
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夏祭りの時だけ、帰ってくる。

「ゆりあ、」
「…」

その声に振り返ると、ほら、…

「…おぎちゃん」

あの頃と、変わらないあなたが立っている。


――


記憶の中でのあなたは輝いていて。

でも、今、あなたは隣にいないはずなんだ。

あの日、バスで帰った彼女は、二度と、帰っては来なかった。


…バスが、事故を起こしてしまったのだ。


バスは跡形も無く、連絡を受けたゆりあは、すぐに、病院に向かったが、彼女は、もう、息を引き取っていて。

震えながら触れた頬は、冷たかった。


なのに。


「…なんで、」
「ん?」

あなたは、夏祭りの夜だけ、ゆりあの目の前に、現れるんですか。

これでもう、三年目。

ゆりあは、17歳になっていた。

「…ゆりあ」

呼ばれる声に、目を伏せる。

「なんで、ここにいるの、」
「え?」
「おぎちゃんは、もう、」
「ここにいるよ?」

そう言って、触れられる頬。

…その手は、暖かくもなく、冷たくもなかった。

「…ゆりあ、いこ?」

目を細めて笑う彼女に、歯を食いしばる。

零れそうな涙を必死に止めて、彼女を、あるところに連れていく。


『 霊を成仏させるためには死んだ事故現場で、この世に残った理由、悩みを解決するしかない』


そう、霊媒師の人が教えてくれた。

「…」

カラコロ。

彼女の下駄が、音を立てる。

繋いだ手は、確かに、感じられるのに。

なのに。

「っ、」


彼女は、霊なんだ。


「…ゆりあ、」

呼ばれる名前に、小声ながらも答える。

「好きだよ、」

そう、呟かれた言葉。

目を見開いて、彼女の方を見ると。

「…!」

彼女は、静かに泣いていた。

「ごめんね、」

その言葉の意味を、悟り、顔を背ける。

「…行こう。」

繋いだ手を、強く握る。

すると、握り返される。

涙が、限界で、ポロッと零れた。


――


事故現場に着き、聞いてみる。

「悔いは、なに?」

隣を見ようとすると、

「…!」

…唇同士が、触れた。

「…ゆりあと、キスすること」

そう言って赤い目で微笑む彼女が、美しくて。


「…行かないで、」


呟かれたゆりあの声を、彼女は、優しく受け止める。

「一緒に、いく?」

その、漢字が違うことは、自分だってわかってた。

それでも、頷いてしまいそうで。

その差し出された手を、掴んでしまいそうで。

バスが、突っ込んだところだけ、千切れたガードレール。

そこには、花束が供えられている。

「…ばいばい」
「…っ、…」
「ゆりあ、ばいばい、」

泣き笑いで、振ってくる手。

それに、振り返せば、彼女は落ちるのだろうか。

そう思うと、どうしても振り返したくはなくて。

「…ゆりあ」
「…っ、…ばいばい、」
「そんなんじゃいけない。」

困ったように笑う彼女。

そりゃそうだ、泣きながら手を振っているんだから。

「…ちゃんと。笑って。」

頬に人差し指を当てて、笑う彼女。

やっぱり、いつだって、彼女が一枚上手なんだ。

「…大好きだよ、ゆりあ」
「…ゆ、りあ、も」

無理やり、笑ってみせる。

視界が涙でぼやけて、全然見えない。

「…ばいばい、」
「っ、ばいばい、!」

涙を堪えて精一杯の『 ばいばい』。


「……よくできました。」


最後に見た彼女……おぎちゃんは、一筋の涙をこぼしながら綺麗に笑っていた。








補足
おぎちゃんは三年前の夏祭りの日に死んでいる。
おぎちゃんはゆりあともう一度キスする為にこの世にとどまっていた。
でも、それを言い出せずにいたのはゆりあと離れたくなかったから。
死因は後頭部強打による、失血死。

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