進撃の巨人
□揺り籠の中の赤ん坊
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「自分の生き死には自分で決める事が出来る…どちらを選択するかというだけの事」
「………………」
「私は生きる事を選んだ、なんとしてでも生きる。死んでしまったら…大切な人を思い出す事も出来ない」
「……私には…大切な人なんていない」
トロスト区。
ここが一応今の所私の命の揺り籠。
でも今はその揺り籠に火が放たれたような状況になっているけど、私はただじっと揺り籠の中で座り込んで命が尽きるのを待っていた。
壁が壊され巨人が入り込んできて、家の外からは叫び声が聞こえてくる。
これは住民の声なのか兵士の声なのか…よく分からない。
「…あなたは、死にたいの?」
「………………」
部屋の隅に膝を抱えて座り込む私の前にしゃがむ…私と同い年ぐらいの綺麗な女の子。
突然窓を破って部屋に入ってきたこの子は兵団の本部へと戻る途中だったらしいけど、窓の外から私が見え逃げ遅れだと思い来てくれたらしい。
(……私とは違い過ぎる……)
無駄な存在の私と違って、立派な兵士として心臓を捧げている。
こんな眩しい子に私の気持ちは分からない。
「うん…死にたい。私なんかいない方がいいんだよ…私が死んでも悲しむ人はこの世に誰一人としていないんだから…」
「………………」
「あなたには大切な人がいるんだね…いいなぁ…私にもそんな人がいればよかったのにな…」
親は私が赤ん坊の時に死んで顔も覚えていないし、私を預かってくれた意地悪な親戚は私を置いてさっさと逃げたし、周りには私を虐める人ばかりで友達なんて一人もいない。
そう、私が死んでも悲しむ人はいない…そして私が誰かの死に悲しむ事もない。
だって私には、大切な人なんてこの世にいないんだから。
「私…ナマエ。あなたは?」
「…ミカサ」
「ミカサか…いい名前だね。あなたの大切な人も、あなたの事“ミカサ”って呼んでくれるの?」
「……ええ」
大切な人を思い出したのか、ミカサは悲しそうにも愛しそうにも見える表情で微笑んだ。
(でも…さっき“大切は人を思い出す事も出来ない”って言ってたけど…もしかしてミカサの大切な人は…もう………)
「………………」
「……ナマエ」
「……え?」
ミカサが突然声をかけてきて下げていた顔を上げると、じっと私を見るミカサと目が合った。
でも一瞬何を言われたのか分からなかった。
(“ナマエ”って…そうだ…“ナマエ”は…私の名前だ)
今まで名前を呼ばれる事が全くなくて、皆私の事を“おい”とか“お前”とか“てめぇ”とか呼んだ。
だからミカサに名前を呼ばれ面喰らったのと同時に少し嬉しかった、名前を呼ばれるってこんな気持ちなんだ。
するとミカサはそっと私の手に優しく手を重ねてくれた。
「あなたはきっと死にたいんじゃない。大切な人が欲しくて…そして自分も誰かの大切な人になりたいだけ」
「え…」
ミカサの黒眼に私の顔がはっきり映っていて、窓から入った太陽の光でミカサの瞳がキラキラ輝いてとても綺麗。
「死んでしまったら、大切な人を見つける事も誰かの大切な人になる事も出来ない」
「…で、でも…私……」
(よく分からない…そうなのかな……)
私は死にたいんじゃなく…ミカサの言う通り、大切な人が欲しくて、そして自分も誰かの大切な人になりたいだけなのだろうか。
一人困惑しているとミカサは私の手を握り立ち上がる。
引っ張られるように私も自然と立ち上がりもうここから動く事はないと思っていた足は上手く力が入らずよろめきミカサに抱き止められた。
上を向くとミカサの整った顔が物凄く近くて、同性なのにその綺麗さに思わず目を奪われる。
「今全て分からなくても、生きていく間に分かっていけばいい。それに私には、ナマエはまだ小さな赤ん坊のように思える。愛情が欲しくて揺り籠の中で泣いているような赤ん坊」
「!わ、私は赤ん坊なんかじゃ…それに泣いてなんかいない」
「泣いていた、涙は流していないけど。そして私が揺り籠の中の赤ん坊を見つけた」
「!」
「私がここに来た時…あなたは微かに嬉しそうだった」
“まるで母親に手を伸ばされ抱っこされる前の赤ん坊のような、柔らかな表情だった”
そう言いミカサは私の頭を撫でて、その優しい手に涙がボロボロと零れ落ちてきて…ミカサの言った通りだと思った。
『何故こんな所にいるの?皆避難している、私と一緒に来て』
部屋の隅に縮こまって命が尽きるのを待っていた私にそっと近付いてくるミカサを見た瞬間、私は自分でも気付かない内に“嬉しい”と思っていた。
『居候のくせに…遠慮ってもんを知らないのか?』
『ろくに役にも立たないし、こんな子に食べさせる食事が勿体無いよ』
『こいつ親無しだろ?かわいそ〜!』
『こっち来るな親無し!』
だって…今まで皆私から離れていくばかりで
近寄ってきてくれる人なんか…一人もいなかったから
「私…死にたいんじゃないっ…大切な人が欲しくて…私も誰かの…大切な人になりたい…っ」
「うん…ナマエなら大丈夫」
差し伸べられたミカサの手を握る。
優しいのに強くて、綺麗なのに恰好いい手。
こんな手は初めてで驚きながらミカサを見上げると、優しい眼差しで私を見つめるミカサと目が合った。
「きっと私の大切な人も、ナマエを見たらこうしていた。戦えと言った。だから私と生きよう」
(揺り籠の中の赤ん坊)
2017.5.7