進撃の巨人

□恋心は内に秘めて
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「あ、エルヴィン!」

「すまないナマエ、後にしてくれるか」

「う、うん…あ、ハンジ!あのさ…」

「あ〜ごめんねナマエ!私も今からちょっと用があってさ、後でもいいかい?」

「う、ん…あ、ねぇリヴァイ!」

「後にしろ、今は時間がねぇ」

「………………」


声をかける度皆は私の手をすり抜けてひとつの部屋へ入っていく。
だから私も皆の後から部屋に入ろうとしたら後ろを振り向いたリヴァイに無言の制止をされて思わず思考も体も止まってしまった。

「入るな」と言われた訳でもないのに、リヴァイのじっとこちらを見つめてくる視線は声に出さずとも「入るな」と言っていた。
睨まれた訳ではないのに、その目は有無を言わせぬ力があった。

私が部屋の前で立ち止まったのを見ると、リヴァイはそっと私の頭を撫でそのままドアを閉めた。


「………………」


何故自分が入れてもらえないのか分からず半分放心状態で暫くその場に突っ立っていると、後ろから誰かに肩に手を置かれ振り向く。
そこにはミケとナナバがいて、二人もこの部屋に用があるみたい。
肩に乗せられたミケの大きな手は…「そこを退いてくれないか」という意味?

私がドアの前から横に移動すると、悪いなとミケに言われナナバには頭を優しく撫でられる。
二人が部屋へ入り、再びパタンと閉められたドアを見つめて私は絶望した。

だって、どうしてリヴァイもミケも「お前も入れ」って言ってくれないの?
どうして私も部屋に入れてくれないの?

悲しみと困惑と憤りが黒い渦となって頭の中でぐるぐる渦巻いていると、部屋の中から私がいないのにも関わらず改まったように何か皆に話し出すエルヴィンの声が聞こえてきて、私は思わず部屋のドアを思い切り蹴った。
部屋のドアが私が力を入れた分だけ大きな音を立てて、私の感情を更に荒ぶらせる。
力を入れ過ぎたのか、足の骨とか血管とか筋肉とかが全て破壊されたんじゃないかというぐらい痛みを感じた。
でも蹴らずにいられなかった。


だって、私がいないのに…私が部屋にいないのに話しをしだすなんて酷い。



これじゃ、私だけ仲間外れじゃない。



「エルヴィンの馬鹿!皆の馬鹿!どうして私は入れてくれないの!?どうして私だけ仲間外れにするの!?こんなの酷いよ!皆なんか嫌い!大嫌い!大嫌い大嫌い大嫌い大っ嫌い!!


私はドアに向かって怒鳴り散らし蹴った足を引きずりながらその場を後にした。
破壊された感じは気のせいではなかったみたいで、何が破壊されたのかは荒ぶり過ぎている今の状態では分からないけれど取り敢えず普通には歩けなかったから。


「………っ!」


足を引きずりながら歩いているとどんどん視界が滲んでいく。
溜まった涙が頬を流れ落ちる頃には破壊されたのがほぼ全部だと分かったけれどもういい。
長年共に戦ってきた仲間に仲間外れにされた私が怪我をした所でさほど支障はないだろう。
私は皆から必要とされてないのだから。

特に、あそこにいた皆が新兵でも後輩でもなく昔からの仲間達ばかりだったのが一番傷付いた。
新兵とか後輩とかが混ざっていればきっとこんなに孤独感は感じなかった。

沢山いる調査兵団の仲間の中でも昔からずっと一緒にいて…私が一番信頼していて、一番慕っていて、一番大好きな皆ばかりだった。

昔から、仲間であり友達であり家族みたいでもある皆。

私も、そんな皆といつも一緒にいれるものだと思ってたし、そんな皆の大事な仲間の一人だと思っていた。

一緒に戦うのも一緒、一緒に笑い合うのも一緒、一緒に泣くのも一緒。

そうだと思ってた…さっきまで。


「…っうぅ…!ひっく…うっ…!」


でも私は…そんな一番信頼し、慕い、大好きな皆から仲間外れにされたのだ…こんなに残酷な事があるか。


そう思うと…余計に涙と嗚咽が止まらなかった。











「どうすんのさエルヴィン!?ナマエに嫌われちゃったじゃないか!私は明日から何を糧に生きていけばいいんだよぉぉぉぉ!!」

「………話が中断してしまったな、続けるが…」


ハンジが泣き崩れる中、私は女型の巨人捕獲作戦の説明の続きを再開するつもりだったが、不機嫌な様子のリヴァイに「おい」と遮られた。


「てめぇは何あいつの反応無視して話し進めようとしてんだ、それにまだあいつを作戦に加えねぇ理由を聞いてねぇ」

「…理由を聞けばお前は納得するのか?リヴァイ」

「理由次第だ」


他の皆もリヴァイと同意見なのか私は皆の視線の中心にいた。
ひとつ溜息をつくとリヴァイが益々目を細める。

そう怒るなと宥めた所で無駄だろうな。


「ナマエを作戦に加えない理由などひとつだ…彼女を危険に晒したくないという個人的な理由だよ」


私の言葉にその場にいた全員が目を丸くした。
皆にとっては予想外の答えだったのだろう、空いた口が塞がらないとはこの事か。


「…エルヴィンてめぇ、ナマエに惚れてやがったのか?」

「ああ…そんなに以外か?」

「…てめぇはあいつに冷てぇ印象しかなかったからな」

「あえてそうしていた、ナマエには自分の気持ちを態度に現すつもりも口で伝えるつもりもない」

「……何故だ」

「聞いてどうする」

「…どうもしねぇ、聞かれて都合でも悪いのか」

「いいや、全く問題無い。そうか…確かお前もナマエの事が好きだったんだったな、リヴァイ」

「………あ?」


眉間の皺を濃くして私を睨み付けてくるリヴァイに私は少し口の端が上がった。

こう見えリヴァイは分かりやすい、昔からナマエを気に掛け守ってやっているのがありありと分かる。
表情には出さないがナマエを見つめる目の色は優しく、言葉にはしないが行動でナマエを大切にしている。

そんなリヴァイとは違い私はナマエを好きな事を自分以外の誰にも悟られぬよう生きてきた。
それは成功していたようで先程の皆の反応からも誰にも私の気持ちは気付かれていなかったようだ。
ここにいる皆でさえ気付いていないのだ…鈍いナマエなど勘付いてもいないだろう。


「てめぇ…そのクソみてぇな口を閉じろ」

「閉じればお前が聞きたいという理由が言えないが?」

「もうどうでもいい、あいつを作戦に加えねぇ理由が分かれば十分だ。てめぇの事なんか聞いた俺が馬鹿だった」

「……そうか」


随分ナマエと私の扱いが違うが、まぁいつもの事だ。
他の皆も私が作戦にナマエを加えない理由を納得してくれたのか特に反論などはなかった。
考え込んでいた様子のミケが私を見る。


「だがエルヴィン、何故ナマエに理由を言わない。理由を言わなければこのまま誤解されたままだぞ」

「私は誤解されたままで構わない。君達は私から口止めされたと言えばナマエは君達だけでも許してくれるだろう、この作戦の事を話すなと口止めしたのは事実だしな。だが私がナマエを守りたかったからという理由だけは彼女には言わないでくれ」

「エルヴィンどうしてさ?ナマエが好きなら尚更理由を言えばいいじゃないか」


ハンジの言葉に首を横に振ると、不可解そうに顔を見合わせる皆の様子が視界の端に入った。


「いや…いいんだ。説明の続きを再開する、皆よく聞いてくれ」



私は…ナマエを守る為なら時に彼女を悲しませる事になっても構わない

残酷な行為も

非情な選択も

冷酷な思案も

ナマエを守る為ならば厭わない

それでナマエの小さな体が血塗られずに済むのなら

巨人の手に掛からずに済むのなら

私は彼女に嫌われても構わない

だから彼女への恋心は、内に秘めておく

彼女を守る為の残酷な行為と、非情な選択と、冷酷な思案には恋心は無用だからだ

恋心はこれ等を鈍らせるからだ



「…………………」

「リヴァイ、巨大樹の森まではお前がナマエを守ってやってくれ。巨大樹の森に着いたらナマエは入口近くの木の上で待機させナナバと同行させる、そうすれば安全だろう」

「…………………」

「リヴァイ、聞いているか?」

「……ああ、了解だ。だがな、エルヴィン」

「どうした」

「……てめぇは手段を選ばねぇ、俺の気持ちも利用してナマエを守ろうとしてやがる」

「……やはりお前は鋭いな、リヴァイ」


見定めるように私を見据えていたリヴァイに口の端を上げると、そんな私にリヴァイは眉間に皺を寄せ舌打ちする。
気に入らないと顔に書いてあるリヴァイは私の持っている鉛筆を奪うとこの場にいる皆の名前が書かれている一覧の中に一人書かれていなかったナマエの名前を書き足した。


「作戦自体には参加しねぇが…ナマエも俺達と志は一緒だ」

「…ああ、そうだな」

「てめぇに大人しく利用されてやるつもりはねぇ、だが…それとは関係無く俺はあいつを守る」

「……ああ」


お前になら安心してナマエを頼める。
お前にナマエを頼む事は即ちナマエを守る事にも繋がる。


(成る程…確かに私はリヴァイの気持ちを利用しているな)


人としてどんどん欠落していく自分に、思わず薄く苦笑が零れた。
鉛筆を私に投げ返したリヴァイは立ち上がりドアへと歩き出す。


「何処へ行くリヴァイ、まだ途中だぞ」

「…ナマエを探してくる、あの様子じゃ今頃何処かで泣きじゃくってるだろうからな。説明なら戻ってから聞く」

「…そうか、頼んだぞ」

「…ああ」


後ろ手でドアを閉めたリヴァイの背中を見送ると、私は先程リヴァイが書いたナマエの名前を見つめた。
気の所為か、いつもの見慣れたリヴァイの字だというのにそれがナマエの名前というだけで愛し気に書かれているように見える。

これはリヴァイの思いが込められているからなのか、あるいは私の思いでそう見えるだけなのか…。



「……この場合、どちらもかもしれないな」



その時、内に秘めた筈の恋心が痛み、顔を覗かせた気がしたが





私はまたそれを内に押し込んだ









(恋心は永遠に外に出る事は無い)
2016.7.2

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