進撃の巨人

□さよなら悪夢
1ページ/1ページ



怖い夢を見た。
リヴァイ兵長が死んでしまう夢。

血だらけのリヴァイ兵長が私の目の前に横たわっていて、私は泣き叫びながらリヴァイ兵長に駆け寄りその体を抱き締めようと両手を伸ばすのに私の手は兵長の体をすり抜けるばかりで何度やっても兵長に触れる事は出来ない。

悲しくて、歯痒くて、無力な自分に腹が立って…地面に爪を立て引っ掻いたら爪が剥がれて血がぼたぼた垂れ兵長の頬に赤い斑点を作った。
でも痛みはない。

血が兵長に触れられるのにどうして私は触れられないの。

そこに巨人が現れ、リヴァイ兵長の体を鷲掴みにして持ち上げる。
私は怒りで自分でも何を言っているのか分からないくらい巨人に罵声を浴びせ、戦おうとするのに立体機動装置を装備していなかった。
自分の無力さに絶望した。


そしてリヴァイ兵長の体が巨人の口の中に消えていくのを…ただただ泣き叫びながら…見ていた。










目が覚め、夢だったのかと分かっても、体の震えと涙と恐怖が止まらない。
服は汗でぐっしょり濡れ、前髪も汗で額に張り付いていた。
あんな悪夢は初めてで対処法なんて分からない。
震える顔をどうにか窓へと向けるとカーテンの隙間からは月が見えてまだ夜中なのだと分かったけれど、また眠るなんて絶対に出来ない。
だってまた眠って、もしまたあの夢を見たら私はもう“眠る”という行為自体に恐怖を感じるようになってしまう。

気付けばガクガク震える足で自室を出てリヴァイ兵長の部屋へ向かっていた。
壁を伝わないとまともに歩けもしない、足が凍りついてしまったかのようで途中何度も転び、何度目かで自分が裸足の事に気付いたけれどそんなのどうでもいい。

リヴァイ兵長の部屋のドアに倒れ込むようにしながら震える手でドアノブを回すとドアが開いた。
きっと神様があまりの私の哀れな姿に同情して鍵を開けてくださったんだ。
だって、ドアノブを回した時にカチャッて鍵の音がしたもの。

リヴァイ兵長は当然だけれどベッドで眠っていて、眠っているからか普段寄せられている眉間の皺は無く安らかで、これも眠っているからか何処か普段より少し幼くも見える寝顔。
あの悪夢とは全く真逆の…寝顔。

そっと手を伸ばせば、リヴァイ兵長の頬に私の手が触れた。
その途端涙が再びどっと溢れる。
ここに来るまでに何度も転び私の手は薄汚れていて、兵長の綺麗な頬が少し汚れてしまったけれど…今だけは許してください。


「………ナマエ?」


リヴァイ兵長の瞼がゆっくりと上がり微かに目が丸くなった。
そんなリヴァイ兵長の首に強く抱き付くと、私の体重も物ともせず兵長はゆっくり上半身を起こす。


「おい、どうした…何泣いてやがる」


上半身を起こしたリヴァイ兵長は優しく頭を撫でてくれ、私を軽々と抱き上げ自分の膝の上に座らせてくれた。
寝起きとは思えないリヴァイ兵長のしっかりとした視線に見つめられ、普段の兵長の朝の様子を思い出してみた。
確か兵長は朝はいつも不機嫌そうにしていた筈…朝に弱いとすぐ分かるくらいに。
でも今は不機嫌な様子も眠そうな様子も微塵も無い。



…もしかして…私が泣いてるから?



「怖ぇ夢でも見たのか?」


微かに眉を下げながら、リヴァイ兵長は私の頬を流れる涙を指で優しく拭ってくれる。
核心をつく質問にコクコクと何度も頷くと「そうか」と頭を撫でてくれるリヴァイ兵長が突然私の服に手をかけ脱がそうとしてくるからその手を思わず掴んだ。
だって…今はとてもそんな気分になれないもの。

するとそんな私を兵長は少し呆れたように見た。


「勘違いすんな、別に変な事しようってんじゃねぇ…脱がねぇと風邪引くだろうが」


あ…そうか、そういえば私、服が汗でぐっしょりだったんだ。
ごめんなさいと小さく謝罪しながら私はリヴァイ兵長の手を離した。


「待ってろ」


そう言うとリヴァイ兵長は自分の上半身の服を脱ぎ逞しい体が露わになる。
じっとその様子を見ていると私の服も脱がした兵長は自分が着ていた服を私に着せてくれた。
私には少し大きいリヴァイ兵長の服…兵長のいい匂いがする。
安心感に包まれ、お礼を言いながら私はリヴァイ兵長を見上げる。

私に自分の服を着せてしまったから上半身裸のリヴァイ兵長も、そんな私をじっと見つめてくれた。


「……どんな夢見た」


頬を優しく撫でてくれるリヴァイ兵長に聞かれ、思わず体が震えた。
あの夢を思い出すのは嫌だけど…リヴァイ兵長に話せば少し楽になるのかもしれない。
だって、夢を話す事はその夢が所詮夢なのだと証明する事になるもの。

私はリヴァイ兵長が死んでしまう夢を見た事、とても悲しかった事、とても怖かった事、目が覚めても体の震えと涙と恐怖が止まらなかった事…全て兵長に話した。
黙って話を聞いてくれていたリヴァイ兵長はまた泣き出した私の頭を抱き寄せ自分の胸に優しく押し付けた。
リヴァイ兵長の心臓の鼓動が聞こえる。


「馬鹿が…所詮夢は夢だ。現に俺はこうして生きている。だから…もう泣くんじゃねぇ」


温かいリヴァイ兵長の体温を確かめるみたいに、私は兵長の背中に手を回してぎゅっと抱き付き頷いた。

夢の中の私はリヴァイ兵長に触れる事も出来なかった。
けど今は違う、こうして触れる事が出来て体温を感じる事が出来る。
それがリヴァイ兵長も言う通り所詮夢は夢なのだという証拠なのかもしれない。
優しく顎に手を添えられて顔を上げるとリヴァイ兵長に間近でじっと見つめられ…私達はそっと唇を重ね合わせた。

唇から伝わるリヴァイ兵長の熱や抱き締めてくれる腕や少し私には大きい服…全てに包まれて私は心も体もさっきまでの自分がまるで嘘みたいにまろやかになっていくのを感じた。
強張っていた体からとろりと力が抜け、このままとろとろに溶けてしまうんじゃないかと思うくらい。

さよなら悪夢。
もうここにあなたの居場所はないよ。


「あ?神が俺の部屋の鍵を開けただと?オイオイ寝言は寝てから言え」


リヴァイ兵長に抱き締められたまま一緒にベッドに横になる際、この部屋に入れた理由を言うと兵長は呆れたように眉間に皺を寄せ私を寝かしつけるように頭を撫でる。
でも言葉とは裏腹に頭を撫でてくれる手はとてもとても優しくて、安心感からか直ぐに眠気を感じた。
あの悪夢から覚めた時は今夜は絶対に寝れそうにないと思う程に目が冴えていたのに。


「お前が寝るまでこうしててやる、だから…」


私の様子を見たリヴァイ兵長は少し驚いたように微かに目を丸くして言葉を止めた。
眠る前にもう一度お礼が言いたいのに、私の瞼は私の意思とは関係無く容赦無く閉じようとして目が開けていられない。
頑張って瞼を開けようとしてるのが分かるのかリヴァイ兵長の普段下がっている口角が微かに苦笑するように…上がったとまではいかないけど、真っ直ぐになった。


「…だから…安心して寝ろ」


ああ…もう限界。

リヴァイ兵長のその言葉に誘われるように意識がふわっと無くなり、こくりと小さく私の頭が頷いた。
兵長の言葉に頷いたのか眠りについて力が抜けただけなのか、自分でも分からなかった。

夜風にさらりとカーテンが靡く気配がして、自分のくぅ…くぅ…という小さな寝息が聞こえた。
寝ているはずなのにどうして分かるんだろうとは思うけど決して煩わしいものじゃなかったから気にしない事にする。

リヴァイ兵長が寝ている私の頭をずっと撫でてくれていて、暫くすると額にそっと兵長の唇の感触がした。



「たく…寝ながら笑いやがって…だが、今度はいい夢見れてるみてぇだな」



頭上でリヴァイ兵長の呆れながらもそんな優し気な声が聞こえて



私はそよ風と青空が気持ちいい草原にリヴァイ兵長と寝転んでのんびりお話してる夢を見た








(さよなら悪夢)
2016.6.26

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ