進撃の巨人

□子犬は愛しきキミ
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「キャンキャンキャン!」

「ナマエ、悪い…何を言ってんのか分からねぇ」

「キュウン……」


穏やかな陽気の日にも兵士は訓練を怠らない。
調査兵団特別作戦班、通称リヴァイ班は今訓練の合間のお昼休憩中。
外で皆でテーブルを囲み昼食を食べている。

椅子に座っているリヴァイ兵長の膝の上で兵長を見上げて鳴いてもやっぱり伝わらない、兵長は膝の上の私を優しく撫でて何となく申し訳なさそうに微かに眉を下げてくれる。
恋人の私だから分かるくらいの微妙な変化だけど…それが嬉しい。

伝わらないけどリヴァイ兵長のそんな優しさが嬉しくて小さな尻尾を少し振っていると、エレンが水の入ったコップを持っていたからチャンスとばかりに私はリヴァイ兵長の膝の上から飛び降りてエレンの足元でキャンキャン鳴いた。


「キャンキャンキャン!」

「ど、どうしたんですかナマエさん?あ!もしかして、水が欲しいんですか?」


(よかった、伝わった)


ハッとしたように目を丸くするエレンに、コクコクと何度も頷く。
すると不意に体がふわりと浮き、足を空中でパタパタさせていると気付けばまたリヴァイ兵長の膝の上にいた。

兵長はエレンに「そのコップを貸せ」とでも言う風に無言で手を差し出し、コップを受け取ると地面の上で自分の手の平にコップの水を少し注いだ。
水を掬う時のように真ん中を窪ませたリヴァイ兵長の綺麗な手の平に、水がパシャパシャとゆっくり注がれる様子は渇いた喉に悪い。
だって水がより一層美味しそうに見えるから。


「気付いてやれなくて悪かったな」


コップをテーブルに置き撫でてくれるリヴァイ兵長に「そんな事ないです」と頭を横に振る。
リヴァイ兵長の手に注がれた水をペロペロと舌で舐めると渇いた喉が潤っていき、美味しさに自然と小さな尻尾が左右に動きだす。
お水をすっかり飲み干してしまってリヴァイ兵長の手に残った水滴をペロペロ舐めてるとまた頭を兵長に優しく撫でられた。






事の発端は今日の朝だった、結果から言ってしまうと、私は何故か朝目覚めたら子犬になっていた。

薄茶色の毛がふわふわで、太く短い足の裏には薄ピンクのぷにゅぷにゅした肉球、小さな耳と尻尾が動いて動く尻尾を見ていたらうずうずしてきて思わず自分の尻尾を追いかけ回し暫くベッドの上でぐるぐるしていたのが少し前の事なのになんだか懐かしく感じる。

ハッとして急いでリヴァイ兵長のお部屋に行った。
こんな時誰よりもまずリヴァイ兵長の所へ直行してしまうあたり、私が一番頼りにしているのはやっぱりリヴァイ兵長なんだなぁと少し気恥ずかしくなった。

短い足をトトトトと必死に動かして、まだ子犬だからか歩いていても体がヨタヨタしてしまうんだけどとりあえず頑張ってリヴァイ兵長の部屋の前まで行って、ドアを引っ掻いた。
まだ早朝だったし吠えるわけにはいかないと思ったから。

暫くカリカリ引っ掻いているとドアがゆっくり開いて、まだ支度中だったらしい白シャツと白ズボンだけのリヴァイ兵長が子犬になった私を見下ろしていた。


『…おい、なんでこんな所に子犬がいやがる』


さすがリヴァイ兵長、起きるのが早いんだなぁなんて思っていると眉間に皺を寄せたリヴァイ兵長が子犬の私を見下ろしながらドアを全開にしてくれた。
入れという事なのかなと思いトトトとリヴァイ兵長のお部屋に少し入りドアの前で兵長を見上げると、くいっと顎で部屋の中を指してくれたからやっぱり入れという事らしい。

わけが分からないが子犬をこのままにしておく事も出来ないといった所かな…やっぱりリヴァイ兵長は優しい人だ。

リヴァイ兵長の優しさが嬉しくて小さな尻尾を左右に振りながら部屋の奥まで行くと、兵長はそんな私を見ながら部屋のドアを閉めた。
リヴァイ兵長は私の首根っこを掴むとベッドの端に座り私を膝の上に乗せて撫でてくれる。
表情はいつもと変わらない仏頂面なのにやっぱり優しい…どうしよう、凄くときめいてしまう。


『こんな所で野良なわけねぇだろ、てめぇ、誰が連れてきた犬だ?』


子犬の私に話しかけながら立体機動のベルトを付けたり支度を進める兵長に自然と尻尾が左右に揺れてしまうんだけど、私はハッとして本来の目的を思い出しリヴァイ兵長の膝から降りるとベッドの上に置いてあった本を口で開け本のそばに転がっていた万年筆を口に咥えた。
兵長はそんなある意味好き勝手し出す私を制止する事はせず見守ってくれた。


『わたし、ナマエです』


本の文章から単語を探して万年筆で順番に指していき、リヴァイ兵長に言いたい事を伝えた。
私が万年筆で指す単語を目で追っていたリヴァイ兵長は、当然だけど目を丸くする。
信じてもらう為、昨日リヴァイ兵長としていた会話の続きを引き出してみた。


『きのうおはなしした、こんどのオルオのたんじょうびのプレゼント、いっしょにかいにいくの、たのしみです』


また万年筆で単語を指していくと、リヴァイ兵長は付けている途中だったベルトをポトリと落とした。






そんなこんなで無事リヴァイ兵長に私だと信じてもらえて、他の人達にも兵長と同じ手順で信じてもらうのには骨が折れた。
万年筆を咥えるのもそれで単語を指していくのもこの子犬の体では体力がいるのだ。
万年筆をポトリと落としてちょっとぐったりする私を、リヴァイ兵長は胸に抱いて労わるように撫でてくれるのが、本当に嬉しかった。

そして話しは冒頭に戻るんだけど、今はリヴァイ班の皆はお昼休憩が終わり訓練中。
子犬である私は当然訓練には参加出来ないから皆の訓練が終わるまでテーブルの上で座りながらリヴァイ兵長が部屋から持ってきてくれた兵長の本を読んで待っている。
元は人間なんだから本だって読める、さっきまでテーブルの上に乗ってきたバッタをキャンキャン吠えて追い払っていたから本でも読んで落ち着かないと。

それにしても子犬のこの足じゃ上手くページが捲れなくて少し困る。


「キュウン……」


本のページを捲ろうと肉球でページの端をカスカスやっていると、誰かがページをぱらりと捲ってくれた。
上を見上げると訓練が終わったのかリヴァイ兵長が私を見下ろしていて、嬉しくてページを捲ってくれた兵長の手に擦り寄って尻尾を振った。


「キャンキャン!」

「待たせたな、ずっと本読んでたのか?」


リヴァイ兵長にコクリと頷くと「そうか」と優しく頭を撫でてくれる。
立体機動をしまうリヴァイ兵長を見上げているとエレンが息を切らして駆け寄ってきて私は首を傾げた。
リヴァイ兵長に敬礼したエレンは何故か少し興奮気味。


「お疲れ様ですリヴァイ兵長!あ、あの兵長…じ、自分も…ナマエさんを抱いてもよろしいでしょうか!?痛ぇ!!;」

「おい、言葉に気をつけろエレン…如何わしい言い方をするんじゃねぇ」


た、確かに…「子犬の私を抱っこしたい」という意味なのは分かってるけど、何だか別の意味みたいで少しだけ恥ずかしいかも…。

エレンを睨みながらエレンの足を踏み付けるリヴァイ兵長に内心苦笑しつつ、私は「抱っこしてもいいよ」とエレンに尻尾を振りながらキャンと鳴く。
するとエレンはとても嬉しそうにぱあっと笑顔になり、可愛いなと思った。

そんな私を、リヴァイ兵長は少し眉間に皺を寄せて見下ろす。


「ナマエてめぇ…尻尾なんか振りやがって…黙って他の男に抱かれるってのか」

「へ、兵長こそ…その言い方は少し如何わしいように思いますが…」

「あァ?」

「な、何でもありません!;」


エレンてば…たまに悪気無く死に急ぐような事を言っちゃうんだから。
ボソリと呟いたエレンを容赦無く睨みつけるリヴァイ兵長に、私は内心苦笑いする。
リヴァイ兵長の手に小さな肉球を押し付けて「まぁまぁ」と兵長を宥めるように小さくキャンと鳴くと、兵長はそんな私を見てしょうがないという風に溜息をついた。


「チッ…まぁ、こいつがいいってんなら…しょうがねぇ」

「あ、ありがとうございますリヴァイ兵長…!ナマエさん、失礼します!」

「キャン」


エレンは両手で子犬の私の体をそっと包み込みそっと持ち上げる。
そして胸の前で抱き寄せると感極まったようにほう…と小さく溜息をついて目を輝かせるの。


「凄ぇ…めちゃくちゃふかふかだ…可愛い…」


エレンだって可愛いよ。

内心そう思いながらも、可愛いと言われたり愛でられるのが嬉しくて私は上機嫌で尻尾を左右に振る。
でもリヴァイ兵長は私の頭を撫でるエレンが気に食わないのか始終イラついたように眉間に皺を寄せていて、そろそろマズそうな雰囲気が漂ってる。


「キュウン」

「あ、すみませんナマエさん。やっぱり嫌でしたか?」


エレンの胸に前足を置いて体を離すとエレンが申し訳なさそうに眉を下げるから、首を横に振ってリヴァイ兵長を肉球で指す(人間でいう指差す)。
私が肉球で指した方…いわゆるリヴァイ兵長の方を見たエレンは兵長の様子に一気に青ざめた。


「す、すみませんリヴァイ兵長!後はお二人でごゆっくりどうぞ!;」


冷や汗ダラダラで私をリヴァイ兵長の腕の中に移動させたエレンは私にもお礼を言った後一目散にエルド達の所へ戻って行った。
エルド、グンタ、オルオ、ペトラが意気揚々とエレンに何か聞いていたようだったけど、エレンが青ざめながら激しく首を横に振ると四人も青ざめながら苦笑いしていた。
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