進撃の巨人

□距離
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「ここまでは分かった?」


僕の隣りで、説明する度に小さくこくりと頷いてくれる君が本当に可愛いくて思わず頬が緩む。
窓から入る柔らかい光がナマエの横顔を照らしていて白い肌がもっと白く見えて綺麗だ。

調査兵団へ入り、エルヴィン団長の考案した長距離索敵陣形を理解し頭に叩き込むのが最重要されている今、ネス班長の説明が終わり僕はナマエとそのままその場に残り一緒に復習していた。
さっきまで僕達は一番前の席に座っていたんだけど、他の皆が退室する中「残って一緒に復習しない?」と誘ってくれたナマエが一番後ろの席に移動しようと言った時は少しドキッとした。

何故かって言われると答えに困るんだけど…何だろう、この広い部屋の一番後ろの席からはこの部屋に僕達以外誰もいない事が視覚的によく分かるから、脳がいつも以上にナマエを意識して緊張してしまうのかもしれない。


(もう片思いしてるわけじゃないのにな…今だに緊張する)


思わず苦笑いしてしまう。
僕とナマエは少し前に僕から告白して恋人同士になった。
でも僕もナマエも勿論こういうのは初めてで…お互い両思いと意識した途端、まだ友達の時の方が自然に接していたんじゃないかと思うぐらい緊張してしまうようになってしまった。

今はそれが僕の中で少し悩みの種なんだけど…多分贅沢な悩みなんだろうな。
だって悩みなんだけど、それは確かな幸せから生まれる幸せな悩みなんだ。


「アルミン凄いね、こんなに沢山書き込んでる」

「そ、そうかな…ただネス班長の言ってた事を書き込んでるだけだよ」

「でもネス班長の言ってた事がもっと詳しく分かりやすくなって書いてあるよ、これ読んでるだけで何だか楽しくなってきちゃう」


さっき僕が書き込んでいた走り書きを細い指先でなぞりながらナマエが柔らかく笑ってくれるから、気恥ずかしいけど素直に嬉しくて僕も微笑み返した。
ナマエに褒められるのが一番嬉しい、この子に褒められるだけで僕は何だかちょっとした無敵感を感じる。
実際は無敵なんか程遠いけど、気持ちの問題だ。


「ありがとう、ナマエ」

「ううん、だって本当の事言ってるだけだもん。…あっ」


ナマエが持っていた鉛筆を落としてしまい、僕とナマエの丁度真ん中の椅子の上にころりと転がった。
拾ってあげようと伸ばした僕の手の下に柔らかいものが触れて、それがナマエの手と気付いた時には反射的に腕ごと引っ込めていた。
その拍子に鉛筆はカランと床に落ちてしまう。

同時に鉛筆に手を伸ばしてしまうなんて嬉しいような恥ずかしいような…とにかく顔が熱い。


「ごめん!…っ!」

「だ、大丈夫アルミン?ゴツンっていったよ」


勢いよく腕を引っ込めたせいで机に肘をぶつけた。
ナマエが心配そうにぶつけた僕の腕に触れてくれて、自然と心臓の鼓動が早くなる。
それにしても今の慌て方は格好悪いな…男なんだからナマエをリードするくらいじゃないといけないのに。
軽く自己嫌悪になりながらも僕はナマエに笑いかけた。


「だ、大丈夫…たいした事ないよ」

「そう?ならいいんだけど…気を付けてね?」

「う、うん」

「…………あ…」

「え?………あ」

「………………」

「………………」


ナマエが途端にぼっと点火したみたいに顔を赤くしたからどうしたのかと思っていると、何故ナマエが赤くなったのかが分かって僕の顔も点火した。



顔が……物凄く近い。



「……え、えっと………」

「………………」


どうすればいいんだろう…こんな時。
ナマエが腕に触れた時こんなに近くなったのかな…僕から離れればいいのか?

でもこの近さだと離れる際お尻を椅子から浮かせた時ナマエに体が触れてしまうかもしれないし、かといってお尻を椅子の上で滑らせるようにして離れるとしても何処かに手をつくか足を床に踏ん張らないといけないけどすぐ横にはナマエがいるし机に手をつくのも体勢的にキツイし足も床に踏ん張るにはキツイ方向に向いてるしこれがエレンだったら僕より筋力があるから出来るかもしれないけど今の僕じゃ情けないけど無理かもしれないもっと筋力つけないと。

多分これだけ考えるのに一秒も経ってないと思うのに、僕の中では物凄く長い時間のように感じた…ああ、考えがまとまらない。
頭をフル回転させてもこの状況を次どうすればいいのか全く分からない。


「………は、はい……鉛筆……」


散々頭の中でぐるぐる考えるだけ考えてそれでも答えが分からない僕は鉛筆を拾いナマエに差し出してとりあえず微笑んだ。
顔は確実に真っ赤だろうし、自分で思ってるより相当情けない感じの笑顔になってるんだろうな…。
こんなんじゃリードなんて程遠い。

ナマエは赤くなりながら暫くじっと鉛筆を見つめてたけど、不意に僕のジャケットをきゅっと握った。
そんなナマエに、僕は少し首を傾げる。



「どうしたのナマエ?」

「………アルミン」

「?………っ」



一瞬何が起こったのか分からなかった。

気付いたら視界がナマエの可愛い顔でいっぱいになっていて…何だか頭も心もくらくらする気さえした。




(………柔らかい)




何もかも柔らかかった。
微かに僕の顔に触れる長い睫毛も、僕のジャケットを握った手の力も、甘い香りも。
これが女の子なのかって思った。

僕は同期の中でも線が細いし小柄で、男らしいとは到底言えないけど…それでもナマエとは違う。
柔らかくて小さくてとてつもなく愛しい小動物みたいな子が…。




今僕に…そっとキスをしている。




「っ………」


恥ずかしいとか、もうそんなのを凌駕するくらいナマエからのキスが愛しくて。
鉛筆を手探りで机の上に置いてナマエのその小さな手をぎゅっと握る。

そのまま暫く触れるだけのキスをして、お互いどちらからともなく唇を離した僕達は真近で見つめ合って二人して顔を真っ赤にした。
お互い目が合っては逸らして視線を泳がせて、目が合っては逸らして泳がせての繰り返し。

…な、何か…キスしてる最中よりも今の方が恥ずかしい気がするのは何でなんだろう。


「……あ、あの…ご、ごめんなさいアルミン…急に…こんな事…」

「う、ううん…謝る事ないよ……」


二人してしどろもどろになりながら今度は握ったナマエの手を離すタイミングが分からない。


(ど、どうしよう…いつ離せば……)


また頭の中でぐるぐる考えていると、僕はそこでハッと気付いた。

手が重なった時も顔が近かった時も今も…僕は何故かナマエから距離をとる事ばかり考えていたけど…さっきナマエはどうした?

僕から距離をとるどころか…寧ろ自分から近付いてキスしてくれたじゃないか。


「………………」


そうだ…どうして僕はこんなにナマエが好きなのに、離れようとばかりしていたんだ。

友達同士なら離れないといけないかもしれないけど、僕達はもう“友達”じゃない。

お互いに気持ちを確かめ合った…“恋人”なんだ。



「………ナマエ」

「?……何?アルミン」


握ったナマエの手を離さず、視線も逸らさず、僕はナマエの目を見つめた。
すると驚いたように目を丸くしたナマエの赤い顔が窓から入る柔らかい光で照らされて…大袈裟じゃなく本当に天使みたいに見えた。

…僕の顔が益々赤くなるのはご愛嬌って事で許してほしい。


「あのさ…次は…僕からしても…いいかな…?」


やっぱりリードするなんて僕には当分無理そうだなと思いながら、ナマエの透き通った綺麗な目を見つめて精一杯噛まないように努めた。


そんな僕に…ナマエは今日一番の優しい笑顔をくれた。




「……いいよ…アルミン大好き……」


「…………う…ん……僕…も……」





“僕も………大好きだよ……”





声に出したつもりなのにな…どうしてナマエの笑顔を前にすると夢心地になってしまうんだろう。


ぼおっとする働かない頭のまま吸い寄せられるようにナマエにゆっくり顔を近付けると、ナマエがそっと目を閉じたから僕も目を閉じて…その柔らかい唇に、唇で触れた。


「………………」

「………………」


そっと唇を離してまた君と見つめ合って…今度はお互いに唇を触れ合わせた。
ほんの少しお互いの唇に触れているだけなのに…幸せが溢れ出す。




(僕は…何をあれこれ考えていたんだろう)




僕達はもう“友達”じゃない



なら離れるんじゃなくて…近付けばよかったんだ





こんな簡単な事だったんだ






「……もう少し、復習していこうか」

「……うん」


二人で笑い合って、またほんの少し唇を触れ合わせて、僕達は鉛筆を持って復習を再開する。



僕達の座る距離はさっきまでと違って…腕が触れそうな程近くなっていた。








2016.5.12

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