進撃の巨人

□瞳の奥の闇
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*ヒロインが狂気

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「ナマエ、こんな所でどうしたの?風邪引くよ?」


夜も深まった廊下に一人膝を抱えて座り込んでいると不意に肩にかけられる服の感触に顔を上げる。
私の肩には調査兵団のジャケットがふわりと掛けてあって、視線を上げると優しい微笑みを顔に貼り付けたペトラが座り込んでる私の前にしゃがんでいた。

今一番見たくない女の視線に吐き気がする…その顔に貼り付けた微笑みを私に向けるな。


「どうしたの?何か悩み事?私でよかったら話し聞くよ」


黙れ…その口閉じて糞して寝てろ。
ペトラを睨み上げると途端に顔を青くして立ち上がり後ずさるこの女のジャケットを床に叩きつける。
ジャケットが広がった状態で床に叩きつけられて、バァン!!と廊下に響くぐらいの大きな音を立てた。
その音にも肩を竦ませて震え上がるペトラを、瞼の上の方が黒く視界に入るぐらい睨み上げる。
私が近付けばペトラは後ずさりペトラの背中が廊下の壁に貼り付けになった。

無駄にでかい目に汚い涙溜めて救いの王子様が来てくれる事でも期待してんのか。
その目玉くり抜いてこの廊下に捨て置いてやる。


「…っナマエ…落ち着いて…ね?余計なお世話だったよね…本当にごめん…っ」

「ペトラさんどうしたんですか?今凄い音がしましたけど」

「あ…エレン…っ!」


廊下の角から最近入った新兵が現れペトラを見る。
瞼の上の方が黒く視界に入ったままの黒目を新兵に向ける。



まただ…こいつも私なんか視界に入れる事もしないのか

私なんかいてもいなくても同じなのか

ここにいるのに…ここで呼吸をし、心臓を動かし、存在しているのに

お前も私の事を否定するのか



「エ、エレン!逃げなさい!早く!」

「え?ペトラさん何言って…あれ、ナマエさん?」


ペトラの虫唾が走る涙声に黒目が小刻みに震える…黙れ黙れ黙れ黙れ糞女。
間抜け面でやっとこっちを見た新兵に大股で近付いていくと私が近付くにつれ新兵の顔が青くなる。
互いの鼻がぶつかりそうな距離で立ち止まると、顔面蒼白になった新兵の荒い息遣いが私の唇に忙しなく当たって黒目が小刻みに震えて止まらない。


「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ…っ!」

「エレン!エレン早く動いて!逃げるの!!」


目を見開き小便臭ぇ涙溜めている新兵を震える黒目に映しながら、自分の唇がゆっくり開くのを感じた。
新兵の荒い息が口ん中に一気に入ってきて、握り込んだ指から骨がボキボキ折れるような音がした。


気持ち悪い憎い退けそこ退け寂しい退け退け助けて退け退け退け誰か退けそこ退け憎い退け邪魔だ早く寂しい退け痛い早く退け退け助けて退け憎い早く寂しい誰か退け痛い退け悲しい助けて退け寂しい退け退け寂しい退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け退け



「退け!!!!」

「うわあぁぁ!!?」


新兵が後ろに腰を抜かして尻餅つき壁際へゴキブリみてぇに這って行く。
無駄に長い足がまだ邪魔で足を蹴り飛ばすとそそくさ両足抱えて縮こまるゴキブリ新兵を見下ろすと、震えながら今にも泣きべそかきそうな目で私を見上げていた。
ゴキブリ新兵とペトラを置いて私はそのまま部屋へ歩いて行く。

喉が…乾いた…水が飲みたい。











「っエレン!大丈夫!?」

「…だ…大丈夫、だと…思います…多分…」


ペトラさんが駆け寄ってきて立つのを手伝ってくれる。
まだ手足の震えが止まらねぇ…何なんだあの人は。
足を蹴り飛ばされた時はそのまま千切れて吹っ飛ぶかと思ったぐらいだ…めちゃくちゃ痛ぇ。
ペトラさんの手を借りて立ち上がると恐怖と緊張から解放されて俺は正直パニックになった。


「ペ、ペトラさん何なんですかあの人は!俺…ナマエさんがあんな人だったなんて思いませんでした!変人通り越して狂ってましたよ!目がイっちゃってましたよ!;」

「う、うん…あの見た目だからね…想像つかないのも無理ないよ。ナマエはね、凄く自虐的なの…病的、狂ってるって言われても無理無いくらいにね。でも実力は私達特別作戦班の中でも飛び抜けて一番だし、リヴァイ兵長もとても頼ってるの。見た目も本当に綺麗だから…調査兵団でも一番人気なくらい」

「中身をフォローできる実力と見た目って事ですか…?」

「そうだね、美人だから余計に怖いのかもしれない」

「絶対それありますよ…正直俺…殺されるかと思いました」

「私もだよ、逃げろって言ってたくせに…今はエレンが来てくれて本当によかったと思ってる。あの時私一人だったらどうなってたか、ありがとうエレン」

「い、いいえ…俺何もしてないです…只ビビってただけで…」


まだナマエさんのあの瞳が頭から離れねぇ、狂気と憎悪が渦巻いているのに奥には何だか寂しさがあるような…何て表現すればいいんだ、あの瞳は。


「そういえばエレン、足は大丈夫なの?思いっきり蹴られてたけど…」

「あ、はい…めちゃくちゃ痛いですけど大丈夫です…ただ…何で蹴られたのかが分かりません」

「もしかして足が邪魔だったのかな?ナマエ、エレンの足があった所通ってたじゃない」

「そ、そんな…言ってくださればいいのに」


本当に調査兵団は変人の巣窟だ…ナマエさんの場合一番やばい感じだが受け入れない事にはどうしようもねぇ。
同じリヴァイ班なんだし、あの人とも上手くやっていくしかない…不安だらけだけどな。

ペトラさんとその場で別れ、俺は蹴られた足を引きずりながら部屋へ戻った。










「…………………」


朝だ…今日は天気が良い。
髪を梳かしながら鏡で自分の顔を見ると血色も良い気がするし髪も艶々している…今日はいい事がありそうな気がする。


「壁外調査…頑張ろう」


リヴァイ兵長に褒めて貰えるように努めよう、沢山巨人を殺して巨人を殺すついでにどさくさに紛れてペトラも殺したらバレるだろうか…バレたら元も子もない壁外調査で殺すのはやめておこう。
リヴァイ兵長はもう起きているだろうか、今何をしてるのだろう…早く会いたい。
何もつけなくても唇は潤って血色もいいし弾力もあるが、今日はピンクのリップでもつけてみよう…リヴァイ兵長は気付いてくれるだろうか、早く会いたい。








「あ!ナマエ、おはよう」

「…………………」


集合場所へ行くと既に同じ班の連中は集まっていて呑気に喋っていた。
馬鹿丸出しの笑みを向けてくるペトラを無視して馬を撫でると馬がビクリと怯えたように体を震わせた。
何だこいつ、馬のくせにてめぇも私の事をそんな目で見るのか…決めた、今日はこいつを巨人を殺すのに紛れて細かく刻んでやる。


「殺してやる…見る影も無いくらい細かくして…殺す殺す殺す殺す…」

「…お、おいナマエ…馬は貴重な移動手段だ…そんな事したら駄目だぞ」

「殺す殺すぶっ殺す刻んで殺す血の雨降らして殺すエルド殺すお前も殺す……」

「まずいぞエルド…お前まで加えられた…;」

「!?;」


馬の鬣握り潰しながら体震わす馬を睨みつけていると後ろでグンタとエルドの情けない声がする。
必死に後ずさろうとする馬を鬣掴んで片手で押さえていると昨日のゴキブリ新兵が私の横に急に現れた。


「あの…おはようございます、ナマエさん!」


無駄にでかい声出して敬礼してくるゴキブリ新兵に舌打ちすると途端に顔青くして固まる。


「ゴキブリはゴキブリらしく地面這い回って巨人に踏み潰されて死ね」

「ゴ、ゴキブリ……;」

「そうだ…ゴキブリだてめぇなんか」

「…っナマエさ…い、痛いです!ちょっ…!;」


敬礼したゴキブリ新兵の右手の拳をギリギリ握り潰していると、不意に横から伸びてきた手が私の握り潰している手首を掴んだ。
強く掴まれたわけじゃないのに、掴まれた部分がまるで火傷するみたいに熱くなっていくように感じた。


「やめろナマエ、落ち着け」

「……リヴァイ兵長」


兵長が私を真っ直ぐ見上げていて身体が熱くなる、ゴキブリ新兵の手をパッと離すと兵長は私の手をそっと太腿辺りまで降ろしてくれた。
そのまま離れていくリヴァイ兵長の手の小指をきゅっと握ると、兵長はその手を見つめてからゆっくりまた私を見上げた。


「あ、あの…リヴァイ兵長…おはようございます…」

「………ああ」

「…………………」

「……おい、もういいか」

「…………はい」

「………………」


リヴァイ兵長…今日も素敵だ。
眉間の皺も鋭い瞳も綺麗な肌も口角の上がらない唇もさらさらの黒髪も細いのに筋肉質な身体も少し私より低い身長も全て素敵。
兵長の小指をそっと離すと、私を少し見てから兵長はご自分の馬の方へ歩き出した。

まだリヴァイ兵長の小指の温もりが残ってる自分の手を見つめると心が癒されていくような気がした。
改めて思う、私の心の傷を癒せるのはリヴァイ兵長しかいないのだと。
でも今日は兵長に触れてもらえてその上兵長の小指まで握ってしまった、やっぱり今日はいい事があるみたいだ…朝の予感は当たっていた。


「おいナマエ、そろそろ行くみたいだぞ」

「煩ぇ年齢不詳男その汚ぇ面こっち向けんな胃液がせり上がってくんだよ」

「………………」

「オ、オルオさん大丈夫ですか…涙出てますよ」


エルヴィン団長を先頭に壁へと移動を開始する。
リヴァイ兵長の馬の近くにいるグンタの馬を蹴り飛ばして退かし兵長の近くへ寄る。
チラリとこっちを見た兵長に恥ずかしくて思わず視線を逸らすと兵長はまた前を向いて馬を進ませた。
よかった、このままリヴァイ兵長の近くを進もう。

そういえば兵長は私の唇がいつもと違う事に気付いてくれただろうか…さっきゴキブリ新兵の拳を握り潰そうとした時かなり接近したけど気付いてくれただろうか。










「あの、グンタさん」

「何だ?エレン」

「馬は大丈夫でしたか?蹴り飛ばされてましたけど…」

「ああ、大丈夫そうだ。やっと落ち着いてくれた」

「それと…ナマエさんって、絶対リヴァイ兵長の事好きですよね」

「そうだな、やはりお前にも分かるか」

「明らかに他の人と態度が違いますから…分からない人なんてさすがにいないんじゃ;」

「はは、確かにな」

「きっとリヴァイ兵長も気付いてますよね、ナマエさんの気持ちに」

「恐らくな、あんなに分かりやすく態度に示してくれれば。しかし…ナマエにあんな顔で見つめられたいと思う男は山程いるだろうな」

「………………」


確かに、リヴァイ兵長を頬を染めながら見つめるナマエさんの横顔は昨日とはまるで別人だ。
その綺麗な横顔からは自虐的な感じや昨日みたいな狂気は感じられない。
もしかして昨日のあの出来事は夢だったんじゃねぇのかと思っちまうぐらいだ。


「いた…ナマエさんだ」

「今日も素敵だな…見ろよあの美貌…ああ…一度でいいからあの人を一晩中犯してみてぇな」


後ろの方からそんな呟きが聞こえてきて俺は嫌悪感に顔を顰めながら後ろを見た。
すると今度は前から、地を這うような低音でブツブツ呟く声が聞こえて急いで前を向き直した。


「糞野郎が…殺してやる絶対殺す殺す殺す死ね股間削ぎ落として殺す刻んで殺す巨人と一緒に殺す糞糞糞糞殺す殺す殺す殺す殺す」


やっぱり昨日の出来事は…夢なんかじゃなかった。
今の呟きが聞こえたんだろうな…俺の前を行くナマエさんの横顔がさっきと一変していて、ギリギリと大きな歯軋りの音を立てながら見開いた目の黒目は昨日みてぇに小刻みに震えていた。

それはまさしく、昨日の狂気そのものだった。


「…っナマエさ…!」


昨日の恐怖が蘇っちまって、俺は手綱を持った自分の手がガクガク震えるのを感じた。
俺も含め周りにいたエルドさんもグンタさんもオルオさんもペトラさんも、ナマエさんの異変に気付き顔を青くしている。

早くナマエさんを落ち着かせねぇと大変な事になるんじゃ…!


「おい、ナマエ」


すると俺が焦っている間に、リヴァイ兵長がナマエさんに声をかけた。
ハッとしたようリヴァイ兵長を見るナマエさんを、リヴァイ兵長はじっと見つめた。


「今の事は俺に任せろ、後で俺がきっちり後ろの馬鹿共に言っておいてやる。だから絶対に殺したりするんじゃねぇぞ、いいな?」

「………はい…」


リヴァイ兵長の言葉に狂気に満ちていたナマエさんの顔から、呼吸と一緒に外に放出されたみてぇに狂気が消え去った。
その横顔はすっかり元の綺麗なナマエさんに戻っていて、俺は安心感に深く息を吐く。

ナマエさんの様子が正常に戻ったのを確認すると、リヴァイ兵長は前を向き直った。
そんなリヴァイ兵長をさっきよりもっと熱く見つめるナマエさんは、本当に今まであんなに狂気的な顔していた人なのかと思うぐれぇ綺麗で…恋の力なのかそれが益々周りの男達の視線を釘付けにしているような気がする。


「…けど、相変わらずかっこいいな…リヴァイ兵長は」


俺は焦ってるだけで何も出来なかったのに、あの毅然とした面持ちと威厳と男気、そしてナマエさんを一瞬で落ち着かせちまった。
俺もいつか、あんな男になりてぇ…。

リヴァイ兵長の背中を見つめながら、俺はそんな事を思った。
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