進撃の巨人

□守りたい
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調査兵団の壁外調査に出ていた私は、廃墟となった街で巨人を討伐していた。
先輩方は次々と巨人のうなじを切り捨てまた次の巨人へと移動していく。
新兵である私はそんな先輩方の背中を憧れの目で見つめ、先輩方の戦い方を見ながら勉強し、必死について行っていた。
それでも先輩方が3体巨人を倒す間に私は1体しか倒せなくて、思わず下唇を噛んだ。
ああ…もっと強くなりたい。

屋根の上に着地して戦況を確認していると、遠くに私がもっとも憧れている先輩方の姿があった。
リヴァイ兵長率いる、リヴァイ班の皆さんだ。

その中でも唯一の女性であるペトラさんは、同性という事もあり私のカリスマみたいなものだ。
綺麗で優しくて強くて…あんな女性になりたいと思う。


(今日も素敵だなぁ……)


ペトラさんに見惚れていると、班の皆さんに指示を出していたリヴァイ兵長が…不意にこちらを見た。
その鋭い眼差しに、思わずドキッとしてしまう。

するとその瞳が急に見開かれたと思ったら、リヴァイ兵長が私に向かって突然叫んだ。


「ナマエ!ぼさっとするな!!」

「…え?きゃああっ!!」


突然感じた衝撃に、何が起こったのか分からないまま私の身体は吹っ飛んだ。
建物が崩れる大きな音と巻き上がる砂埃に、耳と視覚がおかしくなりそうになりながら急いで立体機動装置を使い地面への直撃を避けようとしたけど、どうしてかワイヤーが全く出ない。

このままじゃ身体が地面に叩きつけられてしまう。
なのに、やっぱり何度やってもワイヤーは発射されない。


「う、うそ…!きゃっ!?」


もう駄目だと思い反射的に目を閉じると、私の身体は地面に叩きつけられる寸前で重力に逆らって真横へ移動した。
立体機動独特の動きだけど、私の立体機動は反応しない…なら何故私の身体はこんな動きをするの?

今尚風を切って移動している感覚に閉じていた目を開けると、答えはすぐに分かった。


(リ、リヴァイ兵長…!)


私はリヴァイ兵長に腰あたりをがしりと抱え込まれていて、この人に危ない所を助けられたのだと分かった。
兵長は私を抱えたままワイヤーを操り、近くの建物の脆くなった窓へ突っ込んだ。

ガチャンと硝子の割れる音がしたけれど、不思議と硝子に身体が当たる痛みはなかったからよく見れば、リヴァイ兵長が窓を蹴破ってくれていた。


「……っ!」


反射的に窓硝子の破片から顔を守る私をよそに、リヴァイ兵長は部屋の床へ着地する。
するとそのまま私はまるで荷物のようにボトリと床に落とされ、尻餅をついた。


「きゃっ!」

「…チッ、面倒かけやがって」


お尻を摩りながらリヴァイ兵長を見上げれば、兵長は蹴破って入った窓に歩み寄り外の様子を見ていた。
少しすると、眉間に皺を寄せたままこちらに戻ってきた。


「てめぇを襲った奇行種は俺の班が仕留めた…あとであいつらに礼を言っとくんだな」

「…っは、はい!勿論です!あ、あの…リヴァイ兵長…危ない所を助けていただき…本当にありがとうございました」

「…ああ」


私は奇行種に襲われたのか…全く分からなかった。
奇行種は予測がつかない行動をするけど、私の不注意のせいで先輩方にご迷惑をかけてしまった…これからはもっと気を付けないと。

落ち込んでいると、リヴァイ兵長が私の立体機動装置をいじりだした。
私もハッとし、自分の立体機動装置が動かない事を思い出す。


「リヴァイ兵長、私の立体機動装置…壊れてしまったみたいで…ワイヤーが出ないんです」

「ああ、さっきてめぇが落ちそうになってたのもそれが原因か」

「は、はい」

「大方、奇行種に襲われた時に壊れちまったんだろう。修理しねぇ事にはどうにもならねぇ」

「……はい」

「…チッ、やっぱりここじゃ無理だな」


しばらく私の立体機動装置をいじっていたリヴァイ兵長だけど、ろくな修理道具もないようなこの状況では直せないみたいだ。
小さく舌打ちするとリヴァイ兵長は立ち上がった。


「てめぇはここで待機しろ、立体機動が使えねぇんじゃ足手まといになる」

「…………はい」


“足手まとい”か…確かにリヴァイ兵長の言うとおりだ。
自分の不注意で巨人に襲われて大事な立体機動を壊してしまい、先輩方やリヴァイ兵長にまで迷惑をかけて…足手まとい以外の何者でもない。
自分が恥ずかしくてリヴァイ兵長の顔が見れなくて、私はリヴァイ兵長の足元に視線を落とした。

すると横を向いていたリヴァイ兵長のつま先が、くるりと方向を変え私の方を向いた。


「……聞くのが随分遅れちまったが…怪我はねぇか、ナマエ」

「え……?」


“ナマエ”って…リヴァイ兵長、私の名前知ってたんだ…こんなただの新兵の…私の名前を。

驚きにリヴァイ兵長の顔を見上げると、真っ直ぐこちらを見つめるリヴァイ兵長と目が合った。
そういえば、さっきもリヴァイ兵長は私の名前を呼んで危険を知らせようとしてくれた。
あの時は咄嗟で名前を呼ばれた事にも気付かなかったけど…。

黙っている私に苛立ったのか、リヴァイ兵長が眉間に皺を寄せる。
その鋭い視線に思わず肩がビクついてしまった。


「おい聞こえてるのか、質問に答えろ」

「は、はい大丈夫です…!怪我はありません!」

「…そうか、ならいい」


それだけ言うと、リヴァイ兵長は私に背を向ける。
聞いてみてもいいかな…名前の事、これを逃したらなんとなく聞く機会がなくなりそうな気がした。
私は内向的だし、リヴァイ兵長に自ら話しかけるなんて事、きっとこの先出来ない。

ほんの少しの勇気だ。


「あ、あの…リヴァイ兵長!」

「なんだ、うるせぇな」

「えっと…あの…どうしてリヴァイ兵長は…私みたいなただの新兵の名前を…ご存知なんですか?」

「…………………」

「……?…あ、あの……」


私の質問に、リヴァイ兵長は何故か黙り込んでしまった。
勇気を出した質問は兵長の機嫌を損ねてしまったらしい…ああ、こんな質問やっぱりしなければよかった。

長い沈黙に私がしどろもどろになっていると、リヴァイ兵長は私に背中を向けたままようやく口を開いてくれた。


「…てめぇは俺が部下の名前も覚えられねぇと思っていやがるのか?」

「え!?い、いいえ!決してそういう意味では…!」

「ほう……なら黙って作戦が終わるまでここで指咥えて待ってろ」

「は、はい…」

「間違っても窓から顔出して巨人に見つかったりするんじゃねぇぞ」


そう言うと、リヴァイ兵長は窓から外へ出て立体機動であっと言う間に行ってしまった。
私はその後ろ姿をぽかんと見つめていたんだけど、巨人のズシンズシンという足音が何処からか近付いてきたから急いで窓の下に隠れる。

巨人が窓の外を通過するのが分かりその足音が次第に遠くなってようやく胸を撫で下ろす。
危うく言われたそばから見つかる所だった…戦えない今、せめて皆さんの足を引っ張らないように大人しくしていないと。


(…でもなんだかんだで…リヴァイ兵長、私の事を心配してくださっている…?)


去り際に言われた言葉は、不思議と私に安心感を与えてくれるものだった。
結局、ただの新兵である私の名前を知ってる理由はよく分からなかったけれど…きっとリヴァイ兵長は沢山いる新兵の名前も全て覚えてしまえる凄い人なのだ。

私は何を考えすぎていたんだろう。


「…リヴァイ兵長や皆さんが…どうかご無事でありますように」


祈る事しか出来ないけれど、今私に出来る事を精一杯やろう。












「討伐成功だな」

「おっ疲れ〜そういえばリヴァイ、あの可愛い新兵ちゃんの所早く行ってあげなよ〜」

「あ?…何言ってやがるクソメガネ」

「またまた〜とぼけなくていいだろ?いつも熱く見つめてるじゃないか〜さっきもすかさず助けてたし♪」

「黙れクソメガネ……てめぇ、よっぽど削がれたいらしいな」

「リヴァイ、ここはもう大丈夫だ。その新兵は立体機動が故障して使えないのだろ?行ってやれ」

「…ああ、了解だエルヴィン」


ハンジを今にも睨み殺しそうなリヴァイに、エルヴィンは団長としての指示6割と気を利かせての指示4割の指示をリヴァイに伝えた。
エルヴィン、リヴァイ班、ハンジから離れリヴァイはナマエの待つ建物へと向かう。

そんなリヴァイを、その場に残った仲間達は微笑ましそうに見送った。
壮絶は戦いの後だというのに…この和み感は何だろう。


「それにしてもあのリヴァイ兵長が…信じられませんけど、あの様子だと本当なんですね」

「フッフッフ、多分ここにその新兵ちゃん連れてくるだろうからその時は思いっきり冷やかしてやろう!その新兵ちゃんもこれまた可愛いんだよね〜♪」

「程々にしておけよ、ハンジ」


くすくす柔らかく笑うペトラ。
意気揚々のハンジをエルヴィンは戒めたが、エルヴィン自身も少し口の端を上げていた。

これからリヴァイは、ハンジにイライラする日が暫く続きそうだ。










「おい」

「あ、リヴァイ兵長!お怪我はありませんでしたか?」

「ああ…大丈夫だ。てめぇこそ何かヘマしてねぇだろうな」

「はい、大丈夫です」

「…ならいい。巨人は全て倒した、行くぞ」

「は、はい!」









(調査兵団に入団した彼女に一目惚れし、彼女の名前は真っ先に覚えてしまったなど…リヴァイの口から本人に言える筈もない)
2016.2.27

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