進撃の巨人

□厄介な聞き間違え
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「駆逐してやる!!」

「え、“家畜にしてやる”?そんな事言うなんて酷いよエレン!」

「ち、ちが…!駆逐だ駆逐!;」


食堂に、朝っぱらから勝手に傷付き泣いているナマエにおろおろするエレンと、もうすっかり見慣れたこの光景に苦笑いするアルミン、そして小さく溜息をつき黙々とパンを口にするミカサの四人がいた。
外は澄んだ青空、雲はどこまでも白く…一瞬巨人がこの世界にいる事を忘れる事が出来そうなくらいだ。

“こんな清々しい朝なのに、また朝一からこの女は泣いているのか?”

そんな声が聞こえてきそうな顔をしながら、そばを通り過ぎる他の兵達は呆れた眼差しをナマエに向ける。
これもいつもの光景だ。


「ナマエ、いい加減その聞き間違え直したら?」

「な、直したいけど…どうすればいいのか分からないよミカサ」


ナマエの横に座るミカサがもっともな提案をするが、ナマエは困ったようにもじもじするだけ。
その様子は可愛いのだが、勝手に聞き間違えられて泣かれるこっちの身にもなってほしい…そう切実に思うエレンとアルミン。
ナマエの涙はどうにも苦手なのだ。


「耳掃除はちゃんとしてる?」

「“耳掃除はジャンとしてる”?ううん、耳掃除はいつも一人でしてるよ!」

「………………」

「ちょ、ミカサ!諦めないで!;」


にっこりと悪気0のエンジェルスマイルを見せるナマエに、ミカサは現実逃避という名のスープを口に運んだ。
そうしたくなるのも無理は無い。

ここは僕がと男気を見せたアルミンは、ナマエにずいっと顔を近付け真剣に聞く。


「じゃあナマエ、もしかしたら耳の病気かもしれないよ。病院には行った事ある?」

「あるけど…特に異常はないって言われたよ?」

「そっか…じゃあ何が原因なんだろう」


考え込みながらアルミンがチラリとナマエを見ると調度美味しそうにスープを口に運んでいる所で、その可愛らしさに思わず頬が熱くなった。
この子の為にも後で色々調べてみようと心に誓うアルミンは、ナマエに熱烈片思い中だ。


「オレ達の滑舌が悪いとかか?」

「そんな事はないと思うけど…」

「おはよ〜う!朝からなんか真剣に話し込んでどうしたの?」

「あ、ハンジさんおはようございます!」

「おはよ〜ナマエ♪」


顔を見合わせるエレンとミカサ。

そんな四人の元にご機嫌にやって来たハンジはナマエの頭をよしよし撫でる。
ハンジがナマエの事をとても可愛がっているのは誰の目にも明らかだ。


「ナマエの聞き間違えの事でちょっと…」

「ああ〜また聞き間違えちゃったのかい?相変わらず可愛いな〜ナマエは♪」


エレンの言葉に益々頬をだらしなく緩ますハンジ、彼女がこんな顔をするのは巨人の事以外ではナマエだけだ。
自分の頭ひとつ分下でハンジに撫でられ頭をぐわんぐわん揺らしているナマエを見るミカサは、どことなくナマエの姉のようにも見えた。
実際は同い年なのだが。


「可愛いのはいいですが、もし壁外調査の時に指示を聞き間違えでもしたら大変では…」

「ん〜確かにそれはそうだね」


ミカサの言葉にうんうんと頷くハンジ。
エレンとアルミンもそれには激しく同感だ、寧ろ今までよく聞き間違えなかったものだと不思議に思う。

欲しそうにじっと自分の皿に乗ったイチゴを見つめてくるナマエに、ミカサはイチゴを彼女の皿にそっと乗せてやった。
するとなんとも嬉しそうにミカサに「ありがとう」を言うと、ナマエはにこにこしながらイチゴを口に含むのだ。


「「「「…………」」」」


人は心の底から可愛いと思うと無言になるのかもしれない。
少なくともエレン、ミカサ、アルミン、ハンジはそうらしい。


「美味しかった〜ごちそうさまでした!」

「あ、ナマエまって!;」


自分の事で仲間が真剣に考えてくれているというのにナマエは呑気に食べ終えた食器を片付け始めた。
ナマエを一人にするわけにもいかず、エレン、ミカサ、アルミンは急いで残りの朝食を口へと入れる。
そんな三人の様子に、ナマエは相変わらず大切にされているなぁとハンジは微笑ましく思うのだった。


「今日の昼食は何かなぁ…きゃあ!?」


今朝食を食べ終えたばかりで昼食の事を考えるなど、まるで第二のサシャのようなナマエはぼんやり歩いていたせいで誰かとぶつかってしまった。
持っていた食器が手からこぼれ落ち煩い音を立て、ナマエは尻餅をつきそうになるが誰かに背中を支えられ転ばずにすんだ。

反射的に閉じた目をそっと開けると、眉間に皺を寄せた鋭い目が自分を見下ろしておりナマエは恐縮してしまった。


「……チッ、間抜けヅラで歩いてんじゃねぇ。てめぇは前もろくに見れねぇのか」

「リヴァイ兵長!ご、ごめんなさい…!」


ナマエが急いで姿勢を直し頭を下げると、もう大丈夫と判断したのかリヴァイはそこで彼女の背中を支えていた手を離した。
“なんだかんだで人類最強もナマエには弱い”…その事になんとなく気付いている周りの兵達は二人の様子をチラチラ見ていたが、リヴァイにギロリと睨まれ急いで食べる事を再開した。

遅れてやってきたエレン達はナマエの落とした食器を拾い上げついでに返却してやる。
素晴らしいコンビネーションだ。


「ナマエ大丈夫だったか?すみませんリヴァイ兵長、俺達のナマエが…」

「俺達のだと?おい…いつからこいつはてめぇらのものになった」

「昔からずっとです、私達は幼馴染みですから」

「ちょ…ちょっとミカサ!;」


悪気無く言ってしまったらしいエレンの台詞がリヴァイの癇に障ったらしい。
どす黒いオーラを放つリヴァイに平然と爆弾を落とすミカサに、アルミンは胃が痛むような思いだ。


「ふぇ……っぷちゅ!」

「「「「…………」」」」


そんなミカサVSリヴァイの戦いのゴングが鳴りそうな場面でも、ナマエの変だがどこか可愛いくしゃみによって白紙に戻された。
争いの原因を作るのはナマエだが、争いを無くすのもナマエなのだ。


「おはよ〜リヴァイ!今さぁ、ナマエの聞き間違えの事で話してたんだけど〜リヴァイも協力してくんない?」

「は?どういう意味だクソメガネ」

「だからさ〜リヴァイもナマエの聞き間違えを治すのに協力してくれよ〜!」

「…俺はそんなに暇じゃねぇ」

「え〜そんな事言っていいのかな〜。私知ってるんだよぉ?よくリヴァイがナマエに“俺の部屋の掃除をしろ”っていう、命令という名のアタックをしてる事〜」

「…ってめぇ、クソメガネ!!」

「あ、ごめん言っちゃった〜♪」


今にもハンジの首を締め上げんばかりのリヴァイの形相に、本当なのかと周りで聞き耳を立てていた兵達はその見事なまでのツンデレに少し吹き出した。
それは軽く職権乱用ではないか。


「ナマエ、もうそんな命令聞かなくてもいいから」

「てめぇ……」


ナマエの肩に力強く手を置くミカサを恐ろしく据わった目で睨むリヴァイ。
訳の分からないナマエはただ戸惑うばかりだった。


「でも治すにしろ、原因がわからない事には…」

「そうなんだよね〜じゃあひとまず治す事は保留にして、原因を探っていこうか!」

「はい、ありがとうございますハンジさん!」

「可愛いナマエの為なら何でもしちゃうよ〜!んじゃあまた後でね〜♪」


ナマエの頭をよしよし撫でると、ハンジは上機嫌で去って行った。
ハンジがいない今、自分だけ新兵達と一緒にいるのも違和感がある気がし、リヴァイもナマエ達に背を向ける。


「フン…じゃあな。……時間があったら、俺もその原因ってやつを探っといてやる」

「え、本当ですか?ありがとうございますリヴァイ兵長!」

「時間があったら、だからな」


肩越しにチラリと後ろを振り向くとナマエが花の咲いたような笑顔で自分を見つめており、リヴァイは柄にも無く自身の心臓が少し跳ねたのを感じた。

ハンジに自分の好意がバレていたのは気に食わないが、こいつの笑顔が見れるならそのくらい安い物だ…リヴァイは男気たっぷりにそう思った。
心で思っている事をそのまま口にすれば鈍感なナマエにも想いが伝わるというのに…人類最強は今日もツンデレを貫いている。


「……チッ、俺らしくもねぇ」


ツンデレ兵長は照れ隠しの舌打ちを放ち、そのまま四人の元から歩き出した。


「え〜と…エレン、“時間がミカサだからな”ってどういう意味?」

「!?お、お前まさか…“時間があったらだからな”が“時間がアッカーマンだからな”って聞こえたのか!?どうしたらそんな風に聞き間違えるんだ!?;」

「逆に凄いよナマエ!!;」


後ろから聞こえたナマエののほほんとした声と信じられないといったエレンとアルミンの声に、人類最強の目に光るものがあったとかなかったとか…。








2016.2.27

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