清掃員シリーズ

□いただきます
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「ねーえ、何読んでるの?」

突如目の前に広がっていた文字の羅列が消えて、私は無理矢理に現実へ引き戻された。

代わりに現れたのは眉間に皺の寄ったユーリ君の顔。

「せっかく僕と二人きりなのに本と睨めっこだなんて良い度胸だね」

『ごめんねユーリ君。丁度読んでる途中で、どうしても続きが気になってたから…』

先に私のことを放ったらかしてデッキの改良に勤しんでいたのはユーリ君のほうである。

それを棚に上げられることには少々頬を膨らませたくなるけれど、彼が気紛れに気の向くままに行動するのはよくあることだから近頃はあまり気にならなくなっていた。

構って欲しくなった時にこうしてやって来るのだと思えば可愛いものだ。

「で、何読んでたの?…………何これ、植物図鑑?」

片手で取り上げていた本を覗き込んで、彼が目をぱちくりさせる。

アカデミアの図書館は一般教養やデュエルの戦術論、有名なデュエリストの著作に加え、デュエルモンスターズと関わりのある神話や古代史、動植物、錬金術や黒魔術の類までありとあらゆる文献が揃っている。

少しでもデュエルに関係する情報ならば何だって手に入りそうなほどであった。

その図書館の一角で見つけて借りてきたのが、この図鑑だった。

何種類か並んでいた中でこの一冊を選んだのは、目を通した中で読みたい分野についての記述が最も多かったからである。

丁度開かれている、私が読んでいた章。

「食虫植物、」

『あはは……なんだか気恥ずかしいね…』

彼の使用するデッキのモチーフとなっているものについて調べているなんて。

隠すことでもないけれど、かと言って知られてしまうとどうにも背筋がむず痒くなってしまう。

「へえ、なかなか可愛いことしてくれるじゃない。でも興味があったなら僕に直接訊けばいいのに」

『それを出来ないのが乙女心ってものなの』

「ふーん」

理解する気の無さそうな生返事をして、彼はもう一度図鑑を一瞥した後に手近な机に置いた。

そして私の腰掛けていたソファーに歩み寄り、覆い被さるように乗りかかられる。

ニヤリと口の端を上げる彼は、新しい悪戯を思い付いた子供のような表情をしていた。

「じゃあ、澪織さんのお勉強の成果を確認させてもらおうかな。知ってる?食虫植物がどうやって獲物を捕らえるか」

『えっ』

至近距離で思わぬことを問われ、思わず声が跳ねる。

『えっと……ハエトリソウなら、虫が来たらパクッと食べちゃうみたいに葉っぱを閉じる、とか』

「そうだね。でもまずは、美しい色や甘い香りの蜜で獲物をおびき寄せるんだ」

言いながら指先で私の髪を梳き、頬に手を添える。

「そして次は、逃げられないように拘束する。ハエトリソウなら二枚の葉を閉じて挟み込んだり、ウツボカズラなら這い上がれない壷の中に落としたり、モウセンゴケなら粘液に覆われた葉で搦め捕ったり、ね」

抱き着かれるように、彼の両腕がするりと首の後ろに回される。

少しずつ、逃げ場が奪われていく。

「あとは消化液でゆっくりゆっくり溶かされて、文字通り食虫植物に食べられるわけ」

そう締め括って、ふふ、とユーリ君が満足げに笑う。

彼の話はきっと図鑑の文字をただ追うよりは分かりやすいのだろうけれど、この状況ではどう頑張っても頭に入る気がしなかった。

心臓の音ばかりがやけに煩くて、熱に浮かされた頭がくらくらする。

君も同じだね、と追い討ちをかけるように耳元で囁かれて身体の芯が痺れるような感覚がした。

『も、もしかしなくても……それは、私はこのままユーリ君に食べられちゃうってこと…?』

「うん」

躊躇いも無くユーリ君は頷く。

「身も心もドロドロに溶かして、全部ぜーんぶ、僕のものにしてあげる」

捕食者の瞳が煌めく。

舌舐めずりをする彼はいつだって気の向くままに、欲望に忠実で。

『もう……悪い子だなあ』

逃げられないことはとうに悟っているのだから、私のこの笑みはほんの少しの強がりだ。

「そんな僕に惚れちゃったのは君のほうでしょ?」

けれどそれすらも軽くあしらって、彼はまた不敵に目を細めるのだった。

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