清掃員シリーズ

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アカデミアを覆う空はいつもどんよりと暗く、晴れることは稀である。

今日は早目に仕事を終わらせることができたので、島の端まで来て適当な物に腰掛けて、潮風に当たりながら水平線を眺めていた。

海の見える場所で生まれ育ったせいかこういう景色を見ていると落ち着くし、定期的に見たくなってしまう。

アカデミアからの海景も悪くはない。

遮る物も何も無く、遥か遠くまで見渡す限りの大海原。

けれど、たまには昔のように清々しく晴れた青空を見たいなあ、なんて思ってしまう自分が居た。

太陽の光を反射して輝く水面を見たい、と。












私が此処へ来た理由を大雑把に言えば、俗に言う家出というやつである。

家族のことや自分の置かれた環境に嫌気が差して、そして偶々そこから抜け出す手段があったから私はそれを選択したのだ。




物心ついた頃、父は小さな町工場の経営者だった。

あの頃は技術者として新たな製品や技術の開発に取り組む父の姿が好きだったのだろう。

よく作業を覗きに行っては怒られて追い出されたり、はたまた別の日には嬉しそうに子供にはさっぱり分からない専門的な話を延々と聞かされたりしていた気がする。

そんな中で開発されたとある技術がキッカケで、父の会社はみるみるうちに巨大企業となっていった。

その技術ーーリアルソリッドビジョンシステムの独占に加え、融合・シンクロ・エクシーズという特殊な召喚法にも精通していたことで、傘下のデュエル塾と共にデュエル産業にとって無くてはならない存在となったのだ。

それにつれて、そんな大会社の社長の長女にはデュエルの技量が必要不可欠だと多くの人が思うようになった。

父も母もそれを望んでいたのだろう。

厳しい訓練の日々が始まった。

私も期待に応えようと必死に努力していた。

辛くても、苦しくても、ただひたすらにデュエルに打ち込んだ。

けれども、どんなに頑張っても私の技量は一向に伸びなかった。




そんな中で弟もまたデュエルを始めた。

弟は天才だった。

みるみる成長していく彼のことが、最初の頃だけは姉として少し誇らしかった。

けれどもその気持ちはやがてぐちゃぐちゃに握り潰されていった。

それまでのことが嘘だったかのように、全てが弟に向けられるようになったからだ。

関心も、期待も、愛情も、何もかも全て。

期待の重圧も大変な訓練も無くなったことを無邪気に喜ぶことができれば良かったのかもしれない。

その時の私はただ、見捨てられたのだと感じた。




いつしか家族に何の興味も示さなくなり、挙句の果てには勝手に姿を晦ました父も、

私の才能の無さを嘆き、蔑み、優秀な弟ばかりを可愛がる母も、

私の気持ちなどまるで考えずに真っ直ぐに育っていく弟も、

大企業の創業者一族の一員ではあるからと恭しく接しながらも哀れみの視線を向ける周りの人間達も、

期待に応えられなかった私自身も、

これほどまでに私を苦しめるデュエルというものも、

何もかもが嫌いだった。

そんな息苦しいばかりの世界から解放されたくて、作りかけの次元転送装置を密かに弄って飛び込んだ。

逃げ出しておきながら都合の良い事だけ懐かしんだりするのは虫が良すぎる話だろう。

そんな贅沢を言える立場ではないことは重々承知しているつもりだ。

何にも頼らず一人で生きていこうとか、そんな大層な決意をしてこちらへ来たつもりだった。

けれども実際には計画性の無さから行き倒れになりかけたり、会いたくなかった人間と再会した上に衣食住の面倒まで見てもらっているような状況になったりして。

色々な人に助けられて私は此処で普通の生活を送れている。

一度落ち着いてしまえば忘れてしまいがちになるが、今こうして過ごしているのは奇跡にも近いことなのだ。

私はもっとこの幸運に感謝しなければならないのに、当たり前のように享受してしまっている駄目な自分に呆れてしまう。

いつかは此処からも離れて、今度こそ本当に私だけの力で生きていこうという決心は今も持っている。

それが当初の目的であり目標だったのだから、遠回りをしてでもいずれはそれを実現させなければならない。

けれども昔の私には知らない事、経験したことのない事が多過ぎた。

だから私は此処でありったけのことを学ぶのだ。

仕事を、生きていく術を、そして普通の人間の生活というものを。

たとえあの人の庇護に甘んじることになるとしても。


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