清掃員シリーズ
□04
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暫く経った頃、澪織さんは右へ左へと動き回るのをやめて掃除道具を片付け始めた。
どうやら掃除は終わったようだ。
手伝うよと声を掛けて立ち上がれば、澪織さんは助かるなあと嬉しそうに笑ってくれる。
既に慣れたその作業は、二人掛かりなこともありすぐに終わった。
「じゃあ僕はそろそろ帰るよ」
今日は僕も特別な用件は無いし、澪織さんも話が残っている様子は無いからこのくらいでお開きだろう。
『うん。いつもありがとね』
「片付けくらい大したことじゃないよ」
『それももちろん有難いんだけど、それだけじゃなくて』
そう言う澪織さんに僕は疑問符を浮かべる。
他に何か感謝されるようなことはあったっけ。
心当たりを探ろうとしたが、その前に彼女が言葉を続けた。
『ユーリ君はこうしてよく来てくれて、話し相手になってくれるでしょ?私、こんなふうにあれこれ話せる人は居なかったからとても楽しくて』
それを聞いて、僕はほんの少しどきりとする。
彼女も楽しいと感じているのならそれはとても都合の良いことだ。
それ以上のことなんて、何一つ無いはずなんだけど……。
何処か調子が狂わされているような違和感を首を振って無理矢理に払い退ける。
大体、こんなことを言う彼女のほうが少しおかしいのではないだろうか。
「別に、またあの時みたいに餓死してないか確認しに来てるだけだし」
『……そんなふうに考えてくれてるだけでね、とても嬉しいの』
そう言って彼女は眉尻を下げて微笑んだ。
伏せられた瞳には微かに影が差す。
いつも明るい澪織さんは、ごく稀にそんな表情をすることがあった。
…………その理由は、僕には皆目見当がつかない。
出会ってからそれなりの時間が過ぎているけど、やっぱり彼女についてはまだ分からないことが多かった。
『でもあの事は忘れてユーリ君。助けてもらって感謝してるけれどあれ私の人生最大の失敗だから…!』
思考に沈もうとした意識は、続く会話によってすぐに引き戻されて霧散する。
「えぇー、そう言われちゃうと忘れたくなくなるなぁ」
『ひどい…!ユーリ君の天邪鬼!!』
「何とでも言いなよ、アカデミアで迷子になって餓死しかけた澪織さん」
『やめてー!』
涙目で訴える彼女にはもう先程までの影は無い。
初対面の時の体たらくを気にしているらしい彼女の反応を面白がって弄っていれば、そんなことなんて僕もすぐに忘れてしまった。
そもそも、そんな些細なことなんてどうでもいいんだ。
だって、この時間が楽しければそれが一番でしょ?
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