清掃員シリーズ

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「Hello! そこのお姉さん!」

舗装された通路の端や石畳の隙間から顔を覗かせた雑草達を引き抜いていると、そんな声が響いてきた。

聞き覚えの無いものだったが、もしかしてその声が指す“お姉さん”とは私のことだろうかと思い屈めていた身体を持ち上げる。

視界には少し離れた所を通り過ぎていく数人の生徒達と、その中で一人こちらを向いて立ち止まっている少年。

勘違いでは恥ずかしいと辺りを見渡すが、こちら側には私以外に誰も居ない。

私?と自身を指差して首を傾げると、少年は大きく頷いてこちらへ駆け寄ってきた。

どうやら彼が私に声を掛けたということで間違いないようだ。

一体何の用だろう、と疑問を感じたけれど、幾度か生徒から施設の掃除で見逃してしまっていた所を指摘されたりこの広大なアカデミアの道案内を頼まれたりすることもあったのでおそらくはその辺りの用件だろう。

過去の経験と照らし合わせてそう考えたが、すぐに予想は覆された。

「貴女が“澪織さん”だよね?とってもキュートな清掃係さんだって聞いてたからすぐに分かったよ。Nice to meet you!!」

『えっ、えっと、確かに私は澪織だけど……君は?』

「ボクはデニス=マックフィールド。よろしくね、澪織!」

私の手を握り、ぶんぶんと勢い良く振っているこの少年はデニス君というらしい。

なんとも奇抜なデザインの、アカデミアの制服とはまた違った服に身を包み、流暢な英語を交えて話す彼。

その名にはとても聞き覚えがあった。

『君があのデニス君なのね…!』

そう、デニス=マックフィールドといえばユーリ君の話の中に時偶出てくる外国生まれの風変わりな男の子だ。

先程はこの少年が私の名前を知っていることに驚いたが、そういうことならば納得できた。

聞いた話から想像していた人物像とは類似点もあれば相違点もあって、心の内では大急ぎでイメージの再構成が成されているようなぐるぐるした感覚がする。

ただ、確かにキュートなどと恥ずかしげも無く言えてしまうなんてこちらの感覚からすると少し変わっているのかもしれないと思った。

そんなことを言われては、なんだか柄にも無くドキッとしてしまう。

「澪織もボクのことを知っているのかい?!」

『ええ、ユーリ君からデニス君の話を聞かせてもらっていてね。とっても楽しい人なんだろうなって感じていたから、ずっと気になってたの』

「澪織に知っててもらえた上にそう言ってもらえるなんて光栄だよ。ボクもユーリからいつもキミの話を聞いてるんだ」

『そうだったんだね。……ちなみにユーリ君は私のこと何て言ってた?』

共通の知人が居るということもあり、初対面ではあるものの彼との会話はとても盛り上がった。

デニス君が明るく陽気な少年であることも手伝って、私もつい大きな声で笑ってしまったりしていた。

こんなに笑ったのも、こんなにユーリ君以外の人と話をしたのも久しぶりだ。

ユーリ君との時間は比較的穏やかに流れる印象だけれども、デニス君とのそれは打って変わって華やかなものだった。
















「…………どうして二人が一緒に居るの?」

それも随分仲が良さそうじゃないか。

不意に降り掛かったその声に、私達二人は会話を止めて振り返る。

『あ、ユーリ君だ!』

こんにちは、と手を振れば彼もまたひらひらと振り返してくれた。

「やあユーリ!こんな所で会うなんて奇遇だね」

デニス君も片手を上げて挨拶を交わす。

「全くだよ。一体何してるの、デニス」

「見ての通り澪織とお話してたのさ」

「それくらい言われなくても分かるし。何で君が澪織さんと一緒に居るの」

「キミが珍しく誰かの話なんてしてたから気になったんじゃないか。そしたらさっきたまたま見掛けたから声を掛けたんだ。話してみたら澪織とはすっごく気が合うし、会話も弾むし、ボクたちすっかり仲良しだよね!」

こちらに視線を向けて笑うデニス君に、ね!と私も大きく頷く。

「ふーん…」

一方のユーリ君からはそんな冷めた返事だけが返ってきた。

『どうしたの?今日はなんだか元気が無さそうだけれど』

「別に……っちょっと、つつかないでよ」

先程から何やら物憂げなユーリ君の頬をぷにぷにと指先で押してみるが、すぐに払い退けられてしまった。

この反応ならば仏頂面なだけで元気はありそうだ。

「あはは、いつもの余裕はどうしたんだいユーリ」

「うるさい」

デニス君の一言をユーリ君は即座に一蹴する。


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