清掃員シリーズ 原作編

□prologue
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波乱のマイアミチャンピオンシップが閉幕して間もない頃。

何も知らない舞網市民たちは突然のランサーズ結成発表に沸き立っていた。

そんな喧騒を避けてスタジアムから足早に退場した黒咲隼は、真っ直ぐにレオ・コーポレーションのビルに入り、客室として与えられた部屋に戻ろうとフロアを歩いていた。

その道中、ある一室の前で彼は足を止めた。

その部屋のドアは開いたままで、室内は電気も点いておらず暗い闇に沈んでいる。

これまでは特に気に留まることは無かったため、普段はドアは閉まっていたのだろう。

不審に思いつつ、念のため異状は無いか探るつもりで室内を覗く。

家具や小物、室内の装飾から誰かの居室であろうことは見て取れた。

しかし使用された痕跡は無くやけに小綺麗で、まるでモデルルームか何かのような居心地の悪さがある。

そんな中、部屋の片隅に伏せられた写真立てが目に留まった。

整然とした空間の中で唯一の不調和となっているそれを起こしてみると、フレームの内側では幼い少年少女が並んでこちらに笑顔を向けていた。

身長差から推し量るに少女の方が年上だろうか。

少年は赤縁の眼鏡を掛けており、赤馬零児の面影もあるように感じられる。

「奴の昔の写真か…?」

だが少女の方に心当たりは無い。

少しばかりその素性に思索を巡らせたものの、今ある情報だけでは答えに辿り着くことはできないだろうと判断して、黒咲はその写真立てを戻そうとした。

「何をしている、黒咲」

不意に、背後から声が掛けられた。

現れたのはこのビルの主であるレオ・コーポレーション社長、赤馬零児だ。

常日頃から柔和な表情をする人間ではないが、平時よりも一段と深くなっている眉間の皺が今の彼の不機嫌さを物語っている。

「勝手に動き回るなと言ったはずだが」

「何をしていようとオレの勝手だろう」

フンと鼻を鳴らす黒咲には赤馬の叱責を意に介する様子は無い。

それを見て益々顔を顰める赤馬の視線は、先程からずっと写真立ての佇む場所に向けられていた。

「……見たのか」

苦々しげに彼が言う。

「この女は?」

「…………それは、私の姉だ。今は行方を眩ませているがな」

一つ溜息を吐いてから、赤馬は事のあらましを語り始めた。

現在から一年ほど前のある日、突然姿を消した彼の姉。

建物内はもちろん舞網市内の記録をくまなく探しても何処にも彼女の足取りは無く、レオ・コーポレーションの総力を以ってしても捜索は暗礁に乗り上げていた。

一方それと同時期に、当時研究者達が解析中であり未だ誰も修復を成し遂げていなかった赤馬零王の次元転移装置に、つい最近使用された痕跡が発見された。

それらの状況証拠から、赤馬は彼女がそれを使ったと考えるのが有力だろうと推察したのだった。

しかし、その推察まで辿り着いたものの、次元転移装置はまたしても自壊するよう仕込まれておりすぐに追跡することは叶わなかった。

転送先の記録も消去されていたが、後に断片的に復元出来た内容からおそらくは融合次元に転移したのだろうということは判明した。

未だそこに留まっている確証は無いが、今後融合次元に行くことができれば彼女の手掛かりくらいは掴めるだろう──。

赤馬が告げたのは、そんな話だった。

一通りの事情を静かに聞いていた黒咲は、話に一段落ついたのを見計らって口を開いた。

「貴様が融合次元に乗り込む理由にはそれもあるということか」

「無いと言えば嘘になる。だが安心しろ、赤馬零王の野望を打ち砕くことが最優先だ。私情を優先したりはしない」

「……ふん。そういう理由であれば少しは信用できたものを」

「……?」

いかにも気に食わないといった様子で鼻を鳴らす黒咲を訝しげに見遣っていた赤馬だったが、何かに得心したのか彼はああ、と感嘆を声に出す。

「なるほど、妹を探す君と似た動機ではあるな」

「馬鹿を言うな。連れ去られたのと勝手に出て行ったのでは訳が違う」

その言動に余計に不機嫌になったらしい黒咲は、刺々しい口調を隠そうともせずに赤馬の横を大股で通り部屋を出た。

これ以上は話すことは何も無いと言わんばかりの形相であったが、数歩歩いたところで彼は赤馬の方を一瞥する。

「……だが、貴様もせいぜい再会できるように努力することだな」

それを捨て台詞にして黒咲は去っていき、部屋には赤馬一人が残された。








静寂の戻った部屋の中で、赤馬は再び視線を起こされたままになっていた写真立てに戻す。

そこに映された二人の姿を感情の読めない目で暫し見つめてから、彼はそれをそっと元のように伏せたのだった。

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