清掃員シリーズ
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※「13」、「13.5」の続き
「澪織さんってプロフェッサーと親子だったの?」
『えっ』
ある日不意にユーリ君が発した言葉を聞いて、私は固まった。
それが意味するところを理解するのに数秒を要してから、今度は背筋が凍るのを感じた。
すうっと血の気が引いて、冷や汗が滲む。
それはいつか知られる時が来るだろうとは思っていても、できることならば聞きたくなかった言葉だった。
箒を動かしていた手を止めて、恐る恐る彼の居る方を向く。
普段とさして変わることない顔で真っ直ぐこちらを見つめるユーリ君と目が合った。
『……それは、プロフェッサーから聞いたの?』
「うん。びっくりしたよ、澪織さんそんなこと一言も言ってくれなかったんだもん」
まあ、情報の出所は訊くまでもなくプロフェッサーだろう。
他に知っている人間など此処に居るわけがないのだから。
それはプロフェッサーが色々な人にベラベラと喋っていなければ、という条件付きの話ではあるが、あの人がそういうことをする人間ではないことは知っている。
おまけにあの人は私を含めた家族のことを嫌っているはずだから、尚更好き好んで話したりはしないだろう。
事実、私がアカデミアに来てから現在に至るまでこのことについては誰からも触れられたことは無かった。
にもかかわらず、一体何故あの人は今頃になって私との間柄をユーリ君に話したのだろう。
そんな疑問が心に影を落とす。
──だってこんなの、まるで私への嫌がらせみたいじゃない。
「でも、プロフェッサーと澪織さんってあんまり似てないよね。澪織さんデュエル弱いし」
『うっ…………人が一番気にしてる所をいきなり踏み抜いてくるね……』
「ハゲてないし」
『二番目に挙げるのがそこ!?』
思わず声を荒らげて突っ込んでしまった。
でも、これは仕方のない反応だと思う。
似てる似てないという話でそういうことを言われるとは想定していなかったのだ。
それこそ彼が初めにデュエルを挙げたように、この話題で今まで経験してきたのは私の欠陥の指摘ばかりだったのだから。
『いや、あの、もっと他にあるよね…………それにあの人だって一応昔は髪の毛生えてたんだよ……』
「えっ?」
『そんな信じられないっていう顔しないで』
「あはは、冗談だよ冗談」
ケラケラと笑う彼に、何だか拍子抜けしてしまった。
…………私が赤馬零王との関係を言いたくなかったのは、それを知られることで今までのような心地良い関係が壊れてしまうことを恐れていたからである。
元居た次元での赤馬零王は世界に轟く大企業の社長だった。
私はそこで社長令嬢などという大層な肩書きを背負わされて生きていた。
両親はいつも忙しなく働いていて、私のような出来損ないには関心を持たなかった。
周りの人間は後継者として明らかに不適格な私に憐憫や嘲笑の目を向けながら、両親の権威に取り入るためにそれを押し隠して媚び諂ってきた。
誰も彼もが他人行儀で、誰も彼もが私のことなどまるで見ていなかった。
あの世界から逃げ出した先──誰も私の家族のことを知らないこの世界でならば、何のしがらみも無く、ただの一人の人間として生きられる。
そう思っていたのに、あの人は此処でもプロフェッサーとして頂点に君臨していた。
それが大した影響力の無い身分ならばまだ良かったのだが、生徒達も職員達も皆随分とプロフェッサーを崇拝しているようだったし、ユーリ君も例に漏れず敬愛しているようだったから、私はあの人の身内であることをどうしても明かすことができなかったのだ。
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