明々煌々

□永久のおわり
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「ギル」


背後に、アーチャーが立っていた。

ハッとしてディルムッドが槍を構える。

ここは、聖杯を争う戦場――この前の友好的な会合の場ではない。

つまり、いくら主人の友とはいえ、必要ならばアーチャーとの戦いは避けられない。

いつ戦いが始まってもいいように、ディルムッドは警戒を解かなかった。

それに対し、アーチャーは何事もなかったかのようにディルムッドを見やっては鼻で嗤った。


「ふん…引け、犬。今ここで争う気はない」


そう言われても、主人の意向なく敵を目の前にして臨戦体勢を崩すことはできない。

ディルムッドに警戒され続けるアーチャーは肩をすくめ、イコに目くばせをした。


「ディルムッド、ひきなさい」


イコの言葉に、ディルムッドは大人しく槍をひいた。

アーチャーは無表情にそれを一瞥すると、表情をころりと変えてイコに愛しそうな顔を向ける。


「して、そなたは“それ”に何を望むつもりだ?」

「懸ける望みなどないよ」


「それもそうか。中身の穢れた贋作ごときが、偉大なる魔法使いの願いを成就するなどおこがましい」

「…やっぱり、ギルも気づいてたんだね」

「当たり前だ。万能の願望器…実物を認識したことはないが、我が宝物庫にある至高の財をして、“それ”は我が所有するに価せん紛い物だと見ただけでわかる」


アーチャーはイコの隣に立って聖杯を眺めた。


「中身は…実に興味深いが、そなたが望むのなら譲っても構わんぞ」

「それじゃ、ありがたくいただくよ。…と言いたいところだけれど、まだ終わってないからねぇ」

「セイバーと狂犬か。くっくっくっ、どちらが生き残るにせよ、我が直々に裁きを下して…」


高慢に腕を組むアーチャーの言葉を遮るように、突然、ディルムッドがイコの前に跪いた。


「イコさま、我が主よ!どうか、敵と一騎討ちする栄誉を俺に。必ずや勝利を捧げてみせます!」

「…控えろ、雑種。いかにイコの寵を受けていると言えど、王の言葉を遮るなど言語道断。まずここで貴様を裁いてやろうか?」


ギロリとディルムッドを睨んだアーチャーは、脅し半分にゲート・オブ・バビロンを展開する。

アーチャーの機嫌を損ねたとわかっているはずのディルムッドだが、彼の方を見ることもなく、イコに頭を垂れ続けていた。

イコは困った表情でディルムッドを見下ろす。


「ディ…ランサー、それが君の望みか?」

「はっ。我が槍を以って、主に報いることこそが俺の使命ですので」

「そうかい」


頷いたイコに、アーチャーは呆れた目を向けた。


「相変わらず、“身内”には甘いな」

「こればっかりは性分でね。なるべく本人の意向を尊重したくなるんだよ」

「ふん。我よりも飼い犬を優先するというのか?」

「まさか。友よ、君には高みの見物をしていてもらおうと思ってね…」


拗ねないでおくれよ、とイコは組まれたアーチャーの腕にそっと触れた。

アーチャーはその華奢な手を一瞥し、再度ふんと鼻で嗤った。


「まあいい、勝手にしろ。我は綺礼の様子を見てくる」


ホールを出ていくアーチャーを見送ったイコは、安堵とも落胆ともつかないため息をついて、ディルムッドを振り返った。


「まったく。なぜわざわざアーチャーを煽るようなやり方をしたんだい?」

「申し訳ございません。万が一、バーサーカーが勝ち残った場合、アーチャーでは苦戦すると思いまして」

「ほう?」


イコは片眉を上げて続きを促した。


「俺ならばセイバーでもバーサーカーでも優位に戦えます。主はアーチャーを倒したくないように見受けられたので…出すぎた真似かとは思いましたが、口を挟みました」

「そうか…いや別に、私はそこまでアーチャーに思い入れがあるわけじゃないんだが」

「そう、なのですか?」

「ああ」


イコはきまりが悪そうに、アーチャーが去っていったほうを見つめた。


「彼はあくまで“コピー”だからね。座にいる本体じゃないから…といっても、やっぱり姿かたちも中身もそのままだから、複雑なんだよ」


本体ではないが、英雄王その人であるのには間違いない。

他者に殺られるならば、それまで。

仕方がないで済ませられるが、自身の手にかけるには、どうにもやりづらいという心情を生んだ。


「…でも、ありがとう。そこまで考えていてくれていたとはね」

「イコ様は分かりやすいですから」


唇の端を上げたディルムッドは、ムカつくくらいにかっこよかった。


「――それは置いといて。やるからには失敗は許されない。さあ、私に勝利を捧げなさい、ディルムッド」

「はっ!」
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