明々煌々
□余興のおわり
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廃墟からの撤収の準備を進めていたイコたちが、荷物をまとめて、すべての痕跡を消し終えたのは昼前だった。
「では、ケイネス、ソラウ。気をつけるんだよ。ディルムッド、二人を頼んだ。送り届けたら、先程教えた場所に来るように」
「承知しました」
頷くディルムッドの隣にいた、ソラウと彼女の押す車イスに乗ったケイネスがイコと抱擁を交わした。
「師匠、ご武運を」
「先生、私たちの力が必要になりましたら、いつでも声をかけてくださいね」
ケイネスたちは別行動だ。
イコが深山町の外れに準備した家に潜伏しつつ、ソラウがケイネスの治療をするのだ。
ディルムッドに命じて、朝早くにレンタカー屋で借りてきた車で、ケイネスたちはランサーに護衛されながら去っていった。
「さて、私も移動しような」
指をパチンと鳴らし、廃墟の結界を完全に消し去ったイコは、振り返ることなくその場を後にした。
イコは拠点である宿に向かう。
それなりに人通りのある深山の商店街を歩いていると、前方から覚えのある気配が近づいてきているのに気づいた。
アーチャーだ。
あいかわらず、シンプルな服装をしていても溢れ出る華やかなオーラのために人目を惹いている。
ちなみにイコも整った顔をしているが、こちらは地味な服装をして、気配も抑えているために、意外と周囲に溶け込んでいる。
…はずだが、アーチャーは目敏くイコの姿をみとめ、一目散にこちらにやってきた。
「ここにいたのか。探したぞ、イコよ」
「やあ、ギル。なにか用だった?」
「今宵の喜劇に、そなたを招待しようと思っていたのでな」
「…喜劇ねぇ」
「久々だろう?きっと、楽しめるぞ」
「そうかい――では、招待されようかな」
「では今宵、教会に来るといい。綺礼に言って、晩餐も用意させておこう」
もちろん、そなたの好きな酒も用意するぞ、などと甘くささやくアーチャーに、イコは目を細めた。
「では日が落ちる頃に教会にいけばいいかな」
「ああ」
「そうだ、もうひとり連れて行きたい子がいるんだけど」
「…かまわん。そなたの認めた者ならば、我も歓迎しよう」
「ありがとう。――ところでギル。君はマスターを変えたと風の噂で聞いたのだけど?」
「相変わらず、耳が早いな。たしかに、綺礼が新しいマスターとなった」
「そうかい。遠坂はそんなに退屈な男だった?」
「別に、我が手を下したわけではない。殺ったのは綺礼だ」
楽しげなアーチャー。
間違いない、唆したのはアーチャーだ。
確信したイコは、よっぽど言峰を気に入ったのだろうと、なんとなく予想しながら先を促す。
「で、なぜ言峰の方が面白いと思ったのかな?」
「あれは迷える男だ。己の欲望と、己に課された制約に葛藤する様がなんともおもしろい」
「ははあ、君のお眼鏡に叶ったわけだ」
かわいそうに、と冗談っぽく続けるイコに、アーチャーは喉を鳴らして笑った。
「そなたも、存外気に入ると思うのたがな」
「そうかね…」
まあ、わからなくもないけど…と呟いたイコに、アーチャーは満足そうに笑った。
「まあ、なんでもいいや。とにかく、夜に教会に行けばいいんだよね。このままデートと洒落こみたいところだけど、私はこれから予定があるんだ。だから、また夜に」
「ああ」
イコは、名残惜しげなアーチャーとそこで別れた。
宿に着いたところで、ちょうど反対のほうからディルムッドが来たのに気が付いた。
ディルムッドは現代風の服装をしてるが、相変わらずむかつくくらいのイケメンだ。
イコが用意した特別なサングラスのお陰で“魅了”の呪いは封じられているが、それでもやはり周囲はチラチラと彼の整った顔を窺っている。
「ああ、ちょうどいいところに来たね。寄り道してたら遅くなってしまって、君のほうが先についたらどうしようかと思っていたところだったんだよ」
「ここが新たな拠点ですね」
「うん。商店街にも近いし、目立たなくていいでしょ」
まさか、こんなところに名のある魔法使いがいるとは思わないだろう。
人の目を欺くには最適だということだ。
まあ、イケメンすぎるディルムッドのせいで、今はかなり目立っているけれど。
「さて、部屋に上がろうか。荷物を置いたら、私はしばらくホムンクルスへの小細工に集中することにするよ。“祭壇”に行くんだけど、護衛を頼めるかな」
「は、ご随意に」
「うん、ありがとう」
余分な荷物をすべて置いたイコは、ただ筒状に丸めた大きな羊皮紙だけをディルムッドに持ってもらって、すぐに宿を出た。
最初にディルムッドを召還した洞窟――イコが数千年の間閉じ込められていた、二人にとっては馴染み深いそこに潜る。
「じゃあ、しばらく私は無防備になるから、その間は私を守っていてくれ」
「は」
瞬時に戦装束をまとい、赤槍を顕現して洞窟の出入り口付近に陣取ったディルムッドを確認したイコは、なにやら魔法陣が描かれた羊皮紙を祭壇の前に敷き、その上にあぐらをかいた。
そしてブツブツと何かを唱えながら、うっすらと輝き始めた魔法陣の上で目をつむり、瞑想の状態に入ったのだった。