明々煌々
□断罪のはじまり
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衛宮切嗣は、努めて冷静さを失わないように自分を叱咤していたが、しかし焦りはじわじわと確実に彼を蝕んでいた。
舞弥は…なぜ舞弥は手はず通りに動かない!?
ランサー消滅後、少し離れた建物からケイネスたちを狙撃するはずの舞弥から、音沙汰がない。
何かトラブルでもあったのか…?
邪魔が入ったか…いや、周囲に不審なものは感知されていない。
となると、考えられるのは…
冷や汗が背に流れるのを自覚しながら、切嗣はイコを仰ぎ見た。
「瞬時に状況判断して最も効率的な方法で標的を仕留めるなんて、さすがは傭兵、といったところかな。でも、おかげで予定通り君たちを捕まえられた」
「…この状況が、貴女の望んだ状況だと?」
「そうさ」
アイリスフィールに意味深な視線を送るイコに、アイリスフィールはたじろいだ。
「っ、貴女は…この戦争の傍観者じゃなかったのか?」
アイリスフィールから意識を逸らそうと、切嗣はイコに問いかけた。
「いつ誰が、私を傍観者だと言った?私は一言も、この戦いに手出しはしないと言ってはいないが」
「では、貴女はずっとランサー陣営に味方していたのか?」
「フハッ…私が味方していたんじゃない。私の弟子たちが、私に協力をしていたんだ」
「!」
「偽のマスターを使っていたのは、君たちだけじゃないってことだよ」
イコは左手の甲を見せ、そこをするりとなでると、一角欠けた令呪が姿を現した。
「可能性を見落とすのは、ヒヨッコの証拠さ、青二才くん?」
苦々しい表情の切嗣は、気持ちを落ち着けるように深くタバコを吸い、煙を吐き出した。
イコがマスターであるなど、誰が考えるだろうか。
伝説的な魔法使いが参戦するなど、というより聖杯がそんな者を選ぶなど、想像もしない。
ゲームバランスが崩れるどころの騒ぎじゃない。
なにより、不老不死、根源への到達を達成したといわれる彼女が…願望など自力ですべて叶えられそうな者が、聖杯を欲するなど、“ありえない”。
「そうやって、思い込んでしまった君の負けさ。現に私はマスターとして選ばれた」
「…いつから僕の行動に気がついていたんだ?」
「うん?君がうちの陣営を狙っているってことかな?」
「そうだ」
「そりゃあ、キャスターを討伐していたときさ。君はランサーの槍を折るように促した。それで直ぐに君の狙いが我々にあることを理解したよ」
「だがその後、僕の協力者が貴女たちを襲うまでにはわずかな時間しかなかったはず…」
「舐めないでほしいな…。君みたいな策士気取りは、何千何万と見てきたんだ。事前に予測くらいできる。特に、君ほど合理的に動いてくれる傭兵は分かりやすかったよ」
あくまで能天気なトーンのイコだが、切嗣は冷や汗をかいた。
これまで何度も死線をくぐり抜け、危機的な状況にも立ち向かった切嗣だったが、これほど絶望的な恐怖は初めてだった。
年季が…格が違う。
殺気なんて生ぬるいものじゃない。
それこそ、死神の鎌が首筋に当てられているのと同じくらい、一歩間違えたら確実に死ぬという確信があった。
だから、この言葉は、最後の悪あがきだった。
「しかし…貴女はサーヴァントを失った。こちらにはまだセイバーがいる。いくら貴女でも、英霊には勝てないだろう」
情けなくも声が震えていたが、最後まで言い切った切嗣を、イコは一笑に伏した。
「フン…サーヴァントは所詮魔力の塊。なれば、支配するのも簡単なんだよ…私にとってはね」
イコはセイバーを指さした。
何をする気だと身構えたセイバーだったが、それより早くイコは指を真下に向けた。
「!?」
途端に、セイバーの身体は意思に関係なく跪いた。
「ご覧の通り。私ほどになれば、令呪などなくても、他人のサーヴァントさえも意のままに操れる。さて、衛宮切嗣君、どうする?このままでは、私に殺されてしまうよ?」
「くっ…」
絶対絶命、切嗣の頭にはもう、この言葉しかなかった。