明々煌々
□絶望のはじまり
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「う…」
「おや、気がついたかな?」
ランサーを周囲の偵察に出し、イコは一人でケイネスの様子を見守っていた。
そして夜明け前、粗末なベットの上でケイネスがうめき声を上げて身じろぎした。
「せ…んせ、い?」
「ああ、私だよ。大丈夫か?気分が悪いとかは?」
「か、らだが、うごかない…」
「当たり前だ。魔術回路だけでなく、体中の筋がめちゃくちゃにされていたからね。君の体力も考えて、今は最低限の治療しかしていない。だが、きちんと時間をかけて治療すれば、元通りになるよ」
「そう、ですか…」
衰弱しきったケイネスは、弱々しい表情でイコを見上げた。
それを見かえしたイコは、フッと表情を和らげた。
「…無事で良かった」
「ご心配を、おかけしました」
「ああ、まったくだ。君のことだから、私の忠告を聞かずに衛宮と戦ったのだろう」
「はい…全ては、私の慢心が原因です」
「分かればいい。もうしばらく、戦の指揮は君にとってもらうから、今回のことを肝に命じて行動するように。
とりあえず、私は一度宿に戻る。ソラウを呼んでくるから、待っていなさい」
「師匠、助けて下さり、ありがとうございます」
「ああ」
ケイネスを残して部屋を出たイコは、別室で眠るソラウを起こし、一言ケイネスの目が覚めたと告げて、廃墟を後にした。
宿に戻ったイコは、すぐにやってきた睡魔に身を任せ、泥のように眠った。
「――裏切り者めが。赦さんぞ、ディルムッド!」
「ディルムッド…私を連れて、お逃げください…!!」
「喜べグラニア!フィンが俺たちのことを認めてくれたぞ!」
「グラニアの恨み、忘れたと思うか…」
最後に“視た”のは、血まみれで倒れるディルムッド。
ハッと目を覚ましたイコは、ここ数日慣れ親しんだ宿の天井を目に映すと、ホッと肩の力を抜いた。
「今のは、ランサーの記憶かな…なんとまあ、不憫な子。でも、不幸のどん底ってわけではないね。善哉、善哉」
起き上がって伸びをしてから、置時計を見る。
針は、もう正午を過ぎていることを指していた。
「ふぁ…よく寝たな」
深夜まで続いたの治療はさすがに堪えた。
遅すぎる朝食(もう昼食という方が正しい)を取ろうと身支度を整える。
スラックスに色つきのブラウス、それにコートを羽織るだけという普段通りのシンプルな格好でまた泰山に向かった。
と、道中でコピーした令呪の持ち主が変わったことに気がついた。
「ソラウが…?あの子もまあ、よくやるね。さすがは、私の生徒だよ」
弟子とその婚約者の関係が心配ではあったが、今はやることがある。
そう割り切ったイコはいつもどおり激辛麻婆を頼み(慣れてきた店員は、そう驚かずに注文を取っていた)、ものが来るまで、しばし街中に放った使い魔からの情報収集に徹するのだった。