空ろな空

□プロローグ
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ダルマスカ王国の王都ラバナスタ。

この街がそう呼ばれ、由緒正しき王家を戴く古都であったのは2年前までのこと。

今ではアルケイディア帝国の植民地となった旧王国領を統治する執政官府が置かれ、帝国によって搾取される日々が続いている。

占領直後こそ、怒りや憎しみを抱いていた多くの市民が帝国に反発していたものの、もはや一部の“解放軍”を除いて、大半の人々は諦めと共に支配される生活に慣れてしまっていた。

アスタルテが組織した支援組合は、半ば帝国の支配に迎合する形ではあったが、街が表面上の平穏を取り戻すのに一役かっていた。


帝国におもねるようなやり方は、ダルマスカ人たちからの反感を買わなかったわけではない。

しかし、執政官府の信頼を得たお陰で“名誉アルケイディア人”として融通を利かせることができ、支援の輪をさらに広げられたのも事実。

なすすべもなく弾圧される弱い市民たちの受け皿として、あるいは不当な弾圧への抑止力としてダルマスカの人々を守る組合は、少しずつ理解者を増やした。

アスタルテはダルマスカ市民の顔役の一人として台頭し、昔から人々から信頼されてきたミゲロをはじめとする他の顔役たちと協力して帝国と市民の間の緊張緩和に努めたことも、


しかし―――


「それで、何があったんです?」


アスタルテは泡をくって駆け込んできた顔馴染みの商人を書斎に招き入れ、茶を差し出しながら努めて穏やかな口調で問いかけた。


「んく、ありがとう…あぁ、財布をすられた腹いせだかなんだか知らないけど、あの野郎…!俺の店をめちゃくちゃにしてったんだよ!」


カップの中身を一気にあおった男は、話すうちに再び興奮してきたのか、声を荒らげて、大袈裟な身ぶり手振りを交えながら帝国兵の狼藉を訴えた。


アスタルテはしばらく黙って男の話を聞き、ある程度の不満を吐き出させた頃合いで口を開いた。


「…わかりました。では、改めて被害状況を確認したのちに、うちから援助金を出しますからお店を復旧させる足しにしてください」

「あ、あぁ…助かるよ。あんたの組合がなかったら今頃どうなってたか、考えたくもない…」





砂漠を渡る旅人のように目元以外の顔を布で覆っている様子は、屋内では不審者以外の


怒りで興奮した表情の男は、大袈裟な身ぶり手振りを交えながら、帝国兵に荒らされた自分の店の話をしていた。




「わかりました。後で人を派遣します。被害状況が確認できたら、援助金をお支払しますね」

「ありがとうございます!助かりました。一時はどうなることかと…」


何度も頭を下げる商人を玄関まで見送ってやり、


街を闊歩する横暴な帝国兵には辟易していたものの、国を奪われ失意の底にあった市民たちは徐々に支配される生活に慣れ、市街地は活気を取り戻しつつあった。


アルケイディアの旗が掲げられた旧王宮には、新たな執政官の着任を祝う宴で大いに賑わっていた。


荘厳なガルテア様式に、ダルマスカの歴史の長さと繁栄ぶりを物語っている。
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