明々煌々
□余興のおわり
12ページ/12ページ
アイリスフィールの精神世界は、まだ半分ほどしか侵食が進んでいなかった。
「あー、雁夜のほうに力を入れすぎたかなぁ。押し戻されちゃってる」
オートでアイリスフィールのリセットを行っていたが、どうやら魔力供給を一時少なくしていたら、アイリスフィールが押し返してきた様子で。
「“こっち”に集中したかな。まあ、どっちでもいいけど。結果は変わらない」
ただ少し抵抗が強くなっただけだ。
やりづらくなったとしても、時間が掛かるだけでリセットは完了する。
夜中には終わるだろう。
そう見立てた##NAAME1##は大木のうろに抱かれながら再現した本を読みながら大きくあくびをした。
ほとんど丸一日をそこで過ごした頃だろうか。
アイリスフィールの抵抗が急になくなった。
「?」
おかげであとわずかだった侵食が、一気に終わってしまった。
だが、手応えがない。
不審に思ったイコは、うろに穴を開けて外に出ようとした。
――黒々とした泥が、外にうねっていた。
「! すでに聖杯の中!?ということは、つまり…」
逃すまいとなだれ込んでくる泥を間一髪で交わすと、イコは急いでアイリスフィールの“中”だった場所から離脱した。
「くぅっ…!」
意識の戻ったイコは、何よりもまず最初に魔法陣の描かれた羊皮紙を破った。
途端に、魔法陣から光が消える。
「主!?どうなさったのですか…!」
明らかに焦る主君に、ディルムッドは血相を変えて駆け寄る。
彼に差し出されたハンカチで額の脂汗を拭いた。
「ホムンクルスが…聖杯の外殻が機能を止めた。聖杯が降臨しようとしている」
「!」
「…誰かがホムンクルスの外殻を“壊した”ことで、聖杯が表に出てきてしまいかけている。まったく、今降臨させても、大聖杯は起動できないというのに…」
奇しくも、アイリスフィールは言峰綺礼に囚われ、外殻としての身体は殺されてしまっていた。
そのようなことなど些かも知らぬイコは、計画が狂った、と爪を噛みながら苛立たしげに呟いた。
「…そういえば先ほど、市内から不自然な信号弾が上がりました。バーサーカーのマスターはそれを見て市内に向かっています。聖杯は、きっとそこに…」
「そうか…そうだね。大聖杯でないのは惜しいけれど、でもここで聖杯を手に入れない手はない。これが最後の戦いだよ、ディルムッド。その槍を私のために振るっておくれ」
いよいよ、直接、主君に貢献できる時がせまっていることに感極まったディルムッドは、輝かんばかりの喜びの表情を隠すことなく、素早く跪いた。
「もちろんです。必ずや、勝利を我が主に捧げます」
正式な騎士の礼をするディルムッドに、イコは「期待している」と満足げに頷く。
そして虚空にその形のよい手をさ迷わせると、そこに強い光が生まれた。
「そうだ…これを君に与えよう。君が存分に戦えるように」
光はじわじわと形を変え、遂に一本の細長い棒状になる。
そして光が収まると、そこには黄の短槍があった。
「ゲイ・ボウ!?」
「あくまでも私の魔力に形を与え、必滅の黄薔薇の性質を付与したに過ぎないから、正式な宝具ではないけれど。性能だけなら本物にも負けないはずだよ」
槍を、ディルムッドに下げ渡す。
「ありがたき、幸せ…っ!」
感激に身を震わせ、恭しくゲイ・ボウを握り締めたディルムッド。
「さて。そろそろ行こうか、決戦の舞台へ」
「はっ、御供いたします」
一人の主人と一人の騎士が共に戦場を駆ける、最初で最後の戦いが始まる――