明々煌々

□絶望のはじまり
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イコが激辛麻婆を堪能しているところから、遡ること数時間。


イコが出て行き、しばらくするとケイネスの横にソラウがやってきた。


「ソラウ…」

「全身の魔術回路が暴走した結果、使い物にならなくなったって話は、イコ先生から聞いたわよね?」

「…ああ、」

「即死しなかったのは奇跡ね。とりあえず、先生のおかげで臓器の再生と一部の運動機能は回復したわ。でも、あなたの魔術回路は壊滅よ。もう二度と、魔術の行使はできない」

「!? だ、だが…師匠は…」

「先生は、今はまだ貴方が絶望するのをお望みにならなかったから、“治せる”とおっしゃったのよ。先生にも出来ることと出来ないことはあるわ。そんなこともわからないの?」

「そ、んな…」


魔術のみを追求してきたケイネスにとって、魔術が金輪際使えないということは死刑宣告に等しい。

悔しさ、悲しさ、そしてなにより絶望感から、ケイネスは涙を流した。


「だから、ね…ケイネス?この擬似令呪を私に譲ってちょうだい?私があなたの代わりにランサーを受け継ぐわ。先生に聖杯をもたらすために」


優しげなソラウの表情。

だがその目は笑っておらず、深い闇が垣間見えた。


「だ、駄目だ!師匠の許可なく、そのような勝手は…」

「先生から許可はもらっているわ」

「だが、そんなことは一言も…」

「あの方は確かにおっしゃったわ。私を信じられないの?アーチボルトに嫁ぐ、この私が…」


ソラウは、上辺だけでも浮かべていた優しい表情を一転させると、無表情にケイネスに迫った。


「ケイネス…分かっていないのね。私たちは、どうあっても勝ち抜かなきゃならないってことが」


ソラウは、ポケットの中に入れていた折りたたみ式のナイフを取り出した。

そのまま無言でその刃をケイネスの腕に押し付ける。


よく研がれた鋭い刃は、いとも簡単にケイネスの肌を傷つけ、赤い血が滲みだした。


「あ…ああ…」

「ねえ、ケイネス?私程度の霊媒治療術だと、根付いた令呪を強引に引き抜くのは無理なのよ。本人の同意があって、初めてこれを無抵抗に摘出できる…どうしても納得しないというのなら、この右腕を切り落とすしかほかになくなるけど…どうするの?」


ソラウは、さらに力を込めてナイフを押し付ける。

傷はより深くなり、血がケイネスの腕を伝ってパタタ…と床に落ちた。







それからしばらく後、廃墟の外で周囲を警戒していたランサーの前に、ソラウが現れた。


「彼は、貴方に指示を出す人間としてふさわしくないわ、ディルムッド!」

「………」

「…っ、ケイネスは戦いを放棄し、擬似令呪を私に譲りました…!」


ソラウに見せられたコピーの令呪をじっと見つめていたディルムッドは、そこから目をそらして言った。


「私は…イコ様に騎士としての忠誠を誓った身です。私はあの方の命でケイネス殿に従っていた。勝手に貴女の采配を受けるわけにはいかないのです」

「そんな…!先生は私に指揮を取れとおっしゃった!その証拠に、ここに擬似令呪があるのよ!?」

「それならば、なぜあの方は私に直接その旨を伝えなかった?いくら別行動しているとは言え、それくらい伝えてくださるだろう!」

「そ、れは…先生は、貴方を信用していないからよ。そもそも、あの方は、元々あなた以外のサーヴァントを呼び出そうとしていたのよ。それに、なぜわざわざ貴方をケイネスにあずけたと思うの?」

「っ、」

「あの方は誰よりも長く生きている分、誰よりも疑い深いわ。私たちが先生に信頼されているのだって、私たちが幼い頃から付き合いがあるからに過ぎない…!でも、それでもなぜ聖杯を望んでいるのか、教えてくださらない…そういう、ことなのよ」

「………」


ランサーの拳は、固く握られていた。


「でも私は、先生のために聖杯を獲るわ。だからランサー…私と戦って、私を護って、私を支えて、私と共に聖杯を獲って!」

「…できません。主に信用されていないのは、仕方ありません。まだ、出会って間もないのですから。しかし、あの方は私に歩み寄ろうとしてくださっている…それを、私は信じます」


ランサーは、言外にソラウの言葉を信じられないと言い捨てる。

そして、建物の中に去ろうとした。

だが、ソラウはそれに追いすがる。


「何にせよケイネスは、今の状態では戦えないわ!!先生に聖杯を捧げるというのなら、私と組んで戦わなければ…!」

「…ソラウ様、貴女はイコ様の協力者として、ただイコ様のためだけに聖杯を求めると…そう仰るのですね?」

「そ、そう。無論です」

「誓ってくださいますか?他意はないと」

「――誓います。私は“世界最古の魔法使い”イコ様の忠実な協力者として、先生に聖杯を捧げます」


胸に手を当て、真摯にそう言ったソラウだが、その目は熱を帯びていた。


ああ…とランサーは内心で嘆息した。

あの目と同じだ、グラニアと、同じ…
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