明々煌々
□絶望のはじまり
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「――で、令呪を使ったってわけね」
『はい…申し訳ございません、師匠。令呪を消費しながら、セイバーを打ち取ることができませんでした』
泰山で激辛麻婆を二杯もおかわりして帰途についたイコは、その途中で令呪の一角が失われていることに気がついた。
実は、ケイネスの手にはイコと同様の令呪が浮かび上がっている。
イコの令呪とケイネスの令呪はつながっており、ケイネス側で令呪の行使ができるようにしてあるのだ。
一角減っているということは、イコが使用したのでなければ、ケイネスが使ったことに間違いはない。
令呪を使用しなければならない何事かが起こったに違いない、とイコは宿に帰り次第ケイネスに連絡を取ったのだった。
「いや、それはいいんだけどね…その場は、ランサーの言う通り、セイバーと共闘してバーサーカーを倒しても良かったのではないかな。アレクサンドロスも、バーサーカーを倒す邪魔はしなかっただろう」
『はい…』
「うーん…君は、私の自慢の弟子で、世界でもトップクラスの魔術師だ。でも、戦術家としては微妙だよ。だからもう少し…ランサーの進言を聞き入れてもいいんじゃないかな。彼はその道に関してはプロだからね」
『は、しかし…』
「ん?何か問題でも?」
『実は…』
ケイネスが何か言いかけた瞬間、彼の背後で備え付けの電話が鳴った。
『少し失礼します』
ケイネスは通信用の鏡から離れて、受話器を取った。
受話器の向こう側の相手と、二言、三言言葉を交わした後、受話器を置く。
「なんだったんだい?」
『下の階で火事が起こったようです。ボヤ程度らしいのですが、一応避難しろとのことです』
「そうか。これは…」
『間違いなく放火ですな。先の倉庫街の戦いで暴れ足りないという輩でしょう。迎え撃ってやります』
「油断してはいけないよ」
『ええ、もちろんです。しかし敵もまさか、最上階のフロアが魔術装壁に囲まれているとは思わないでしょうな』
「(…それが油断なんだって)」
『ご客人には、我が魔術工房をとっくり味わってもらおうではありませんか。ランサーに指示を出してきます』
「…気をつけるんだよ」
『はい。それでは、侵入者を撃退したころに、またご連絡致しましょう』
ただの鏡に戻った手鏡を見て、イコはため息をついた。
「すっごく心配だなぁ…一応、ホテルまで行こうか」
先ほど脱いだばかりのコートを羽織り、夜の冬木に再びくりだした。