明々煌々
□戦いのはじまり
1ページ/13ページ
名門アーチボルト家の当主にして、“原初の魔法使い”の弟子である、時計塔の名物講師ロード=エルメロイ。
始まりの御三家の魔術師たちに勝るとも劣らない実力の持ち主が冬木の聖杯戦争に参加するという噂は、瞬く間に魔術師界に広まった。
それからしばらく。
聖杯戦争の開始が迫る中、今は英霊として座に召し上がられた友人の形見(=遺物)を、戦争に参加する弟子への餞別、という形でケイネスに託し、イコは一足早く日本へと向かった。
「昔は、命懸けで海を渡ったんだけどねぇ…」
長いフライトを終え、空港に着いたイコはぐぅーっと伸びをした。
「この飛行機というやつは便利だけど、旅の感慨というものがない上に、時差ボケをしてしまうなぁ」
やはり歩きか船のほうがいい、とつぶやきながらパスポートコントロールを通過し、しばらくぶりの“故郷”に足を踏み入れた。
遥か昔。
実はイコが生まれたのは、まさにここ、日本であった。
とはいえ“日本”という国すらない原始の時代のこと。
もはやその頃の面影などあるはずもないが、故郷は故郷である。
懐かしいような、そうではないような…ともあれ彼女は“帰ってきた”。
冬木にやってきたイコは、まず新都の中心部にあるビジネスホテルにチェックインした。
通された部屋の窓からはハイアットホテルがよく見える。
「さて…」
イコはトランクケースを置くと、ぐぐっと伸びをする。
「少し狭いけれど、始めようか」
トランクケースを開くと、うっすらと発光する液体が入ったガラス瓶を取り出した。
「なかなか快適そうだね…あぁ、ケイネスが来るまでに、召喚用の霊脈を準備しておかないと」
そう呟いたイコは、ふらりと姿を消す―――
と、次の瞬間には、イコは山奥深くに現れた。
そこは、「冬木」と呼ばれる土地の、境界線ギリギリの場所。
なんの変哲もない鬱蒼とした森の中、道なき道を勝手知ったるとばかりに歩み出したイコは、茂みに隠れるように生える一株の若葉の前で立ち止まった。
――それは、もし学者が見つければ、大発見として学会が騒然とするだろう、はるか古に絶滅したはずの原始植物。
イコが目印代わりに植え、長いときが過ぎてもその時のままの姿を留めた、永遠の若葉だった。
彼女が目指すは、冬木最大の霊脈。
もちろん一般に知られている柳洞寺のものではない。
管理者である遠坂すら存在を知らない、柳洞寺の霊脈を遥かに上回る巨大な霊脈が走る地が冬木にはあった。
世界にはどんなポンコツ魔術師でも、手順さえ間違えなければ魔法を行使できる…そんな霊脈が
あまりの巨大さ故に周囲の環境への悪影響を懸念したイコによって、いにしえから秘匿・管理されている。
強力な封印により、他の魔術師たちにはごく小さな霊脈としか感知されず、イコしか存在を知るものはいない。
そして、そのイコも長らく使っていない今、霊脈には莫大な霊力が溜め込まれていた。
部屋をひとしきり見て廻ったイコは、その霊脈を起動すべく、
「おお、ここだここ」
市街地からは少し外れた山中。
長い年月の間に地形も景色も変わり、見つけるのには苦労したが、霊脈の気をたどれば、案外早く見つかった。
霊脈を有する洞窟の入口は、地面に半分埋もれるようにして開いていた。
「呪も機能しているね。よかった」
這うようにして入ったイコは、持ってきた懐中電灯の光を頼りに中を点検した。
祭壇は風化が見られるも健在だし、壁は崩れかけているが、人が入った形跡はない。
イコは、すぐさま霊脈の封印を解く儀式に入った。
祭壇に複雑に描かれた紋様の、その中央に自らの血を垂らす。
「空かぬは夕べの虚(うつろ)、満たぬは朝(あした)の現(うつつ)。閉ざされし契、絶たれし連、万象の主の名において、理を誘(いざな)わん…」
朗々と響く詠唱に反応し、洞窟の壁が、複雑な模様を浮かび上がらせながら輝き始める。
その模様は床からイコの足に伝わり、彼女の白い肌にも浮かび上がった。
そして、さらに高らかに響く詠唱に応じて、模様はチカチカとまたたき、その光は次第に強くなった。
目を開いていられないくらいの光の乱舞。
それはしばらくして静かに収まり──それから少し遅れてイコの詠唱も終わる。
先ほどと、洞窟内はなんら変わりがないように見えるが、満ちる魔力は濃密だ。
霊脈は開かれた。
あくまで今使うつもりはないので、洞窟の周りには人よけの呪を、洞窟の入口には強力な結界を、念入りに施した。
そうして一通りの作業を終えると、##NMAE1##は軽快な足取りで洞窟を出たのだが、外はすっかり夕暮れどきだった。
長く伸びた影が、踊るように街へと戻っていった。