明々煌々

□余興のおわり
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「イコ様…その男を一体どうするので?」


先ほどの“喜劇”と称した外道の仕打ちを見ていたディルムッドは、間桐雁夜を不憫そうに見下ろした。

己のマスターならばさらに追い打ちをかけることはしないだろうが、せっかく手に入れた駒なのだから、存分に利用するのだろう。

もちろん、利用された方は最後まで自身が駒であることに気づくことはないだろうが、主人の思惑を理解しているディルムッドは、少しばかり憐れに思っているようだった。

かといって、イコを止めるつもりも、自分が間桐雁夜をどうこうしようというつもりもないようだが。


「なに、少しばかり記憶をいじるだけさ」

「そうですか」

「彼にとって、先ほどのことはひどくこらえただろう?それを忘れさせてあげる…その代わり、私のために働いてもらうんだよ」


ギブアンドテイクってやつ、というイコに、ディルムッドは、ああ、と理解したらしい。


「もう少し抱えててあげてね」


未だ淡く輝くアイリスフィールの“書き換え”に使用している陣の隣に、ガリガリと木の枝で陣を書いていく。


数分もすると書き上がり、ディルムッドにその上に間桐雁夜を下ろすように言う。


間桐雁夜を陣の上に横たわらせると、その隣にイコが膝をついた。


「また、少しの間、私たちの警護を頼むよ」

「はっ」






「あれまぁ、これは大変だ」


間桐雁夜の“中”は、世界が崩壊していた。


「まずはつなぎ合わせないとなぁ…ホムンクルスの調整が遅れるけど、仕方ないか」


そう呟いて、間桐雁夜の世界のかけらに手を伸ばした。








何もない真っ暗な空間で、間桐雁夜は胎児のように丸まっていた。


――もう何も考えたくない。


「でも…桜ちゃんを、助けなきゃ…」


――何も感じたくない。


「桜ちゃんを助ければ…葵さん、も…」


――痛みに耐えたくない。


「きっと、幸せに…」


――苦しいのは、嫌なんだ。


「家族に、なれるはずだ…!」


「家族?それは、誰のことを言っているんだい?」


光が差した。

気が付けば、慣れ親しんだ公園に立っていた。


「こんにちは、雁夜」

「あ…葵、さん…」


目の前の女は、小首をかしげる。


「葵?誰かな、それは」

「葵さん、は…」


――葵とは、誰だ?


「ふふふ、誰かと勘違いしているようだね。…もしかして、本当に私のことを忘れてしまった?」

「そっそんなことないよ。


“イコさん”!」


女は――イコは妖艶に微笑んだ。


「うんうん、調子はいいみたいだね。さて…雁夜、私との約束、覚えているよね?」

「もちろんだ。イコさんと一緒に聖杯戦争を勝ち抜くって、俺は、そのためにバーサーカーを召喚したんだから」


――そうだ、俺は大好きなイコさんのために、イコさんに幸せになって欲しくて、あれだけ嫌だった実家に帰って聖杯戦争に参加したんだ。

――イコさんを救い、イコさんを守るのが俺の役目。


「そうそう、その調子だよ。さて、もう大丈夫そうだね。…ああでも、ちゃーんと“再構築”されるまで、君はまだ少し休んでいていいんだからね」


イコの囁きのような独白は、雁夜の耳には届かなかった。
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