メインディシュ

□Injection
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「これだけ?」
フラタシャイの威圧的な声が耳の奥でわんわんと反響した。
昨日キメたクスリが残っているのか、耳鳴りが酷い。
「ごめん……これだけしか……」
「これじゃ3日分は無理よ。」
大体180枚くらいのビッツが入った袋を振りながら、彼女は僕を睨みつけた。
「ダッシュ。 3日分貸したんだから、利子が必要って、言ったじゃない。ここはそういう場所なの。弱虫のダッシュにはここは合わなかったのよ。」
「ぼ、僕は弱虫じゃないっ!」
「だったら耳揃えて返しな!!! 」
倍くらいの声で怒鳴りつけられた。
フラタシャイは声に驚いて身体を震わせた僕を鼻で笑うと、
「ま、利子は明日でもいいわ。クスリは当分渡せないけど。」
と宣言した。
僕は焦った。当分クスリが無いなんて、死活問題だ。
「ま、待ってよ! お願い! そんな酷いこと言うなよ!」
「おばかさん、約束も守れないポニーにクスリは渡せないわ」
彼女は煙草を取り出すと、火をつけて咥えた。
口の中がぱりぱりに乾いていくのが分かった。
「ねぇ!! 何で悲しい顔をしてるの!? ピンクの子猫が見えちゃうよ!! ピンクピンクピンクピンクピンクピンクピンク!!」
「うるさい!! 飛ぶなら黙って飛んでな!! ピンキー!!」
ピンキーパイが、ハシシュのせいか草のせいかわからないが随分ハイになって、部屋に飛び込んできた。
ピンキーは何故かクスリで飛びだすと、口が止まらなくなる。
大体はグットトリップらしく、いつも半笑いの目の下に隈を作ってグルグルと跳ねてまわってはそこらに頭をぶつけたり、何も無いところで悲鳴をあげたりしていた。
僕は実のところピンキーが少し羨ましかった。
クスリに手を出したのは、フラタシャイに「こんなのも出来ないの? 弱虫レインボークラッシュ!」と馬鹿にされたのが発端で、それから禁断症状が酷くて辞められなくなって今に至る。
クスリを使うと、大体はバットトリップで、一旦落ちると切れるまでグットにならない。
そのうち耐性がついてきて、キメるごとにバットに落ちて禁断症状が出て、抑えるためにまたキメても効かなくなって量を増やして……の悪循環。
そのうちクスリ代が嵩み、タンクをショーやレースに出したり、路地裏で無邪気な住人をクスリに誘ってフラタシャイからお金を貰うことで生計を立てている。
元々の仕事はクスリで身体がボロボロになったため、辞職した。
「ねぇ、レインボー。」
「な、なに?」
フラタシャイが呟くように僕を呼んだ。
口が三日月型に歪んでいる。
「そういえば良い仕事思い出しちゃったの。やってくれれば、利子はチャラにするし5日分のクスリをあげてもいいわ?」
「やっ、やる! どんな仕事!?」
「……クスリの生産の調子が良いから、顧客を増やそうと思って。でも、釣れそうなのは大体釣っちゃったのよ、だから……そう、あなたのファンの子たちを連れてきて欲しいんだけど。」
「えっ」
ファンといえど、まだ子供だ。
そんな子供にクスリを渡すなんて気が引ける。
「こ、子供にクスリを…?」
「子供? あー、年下だけどイケるわよー。量を減らせばいいの。なに、クスリがいらないの?」
クスリという言葉に、喉が詰まるような感覚を覚えた。
僕はこれが無いと、きっと禁断症状で死んでしまう。
「……やる。」
「じゃ、今すぐね。いってらっしゃい。」

僕らの溜まり場である、古い一軒家を出ると、トワイライトが塀にもたれかかっていた。
「トワイライト。」
「……レインボー。」
トワイライトはガリガリと睡眠薬をかじっていた。
目がとろんと蕩けたように虚ろだった。
「……どうしてこうなったのかしらぁ……」
力のない、これまたどろどろに蕩けた声でトワイライトは呟いた。
セレスティア様の弟子をやっていた頃の姿など見る影も無かった。
「……しらない。」
僕はなんだか堪らなくなりうまく動かない羽を無様に動かし、めちゃくちゃに飛んだ。
何もかもリセットできたら、なんてくだらないことを考えながら、岩の壁に向かってひたすらスピードをあげた。
最後に僕が見たのは、ずっと昔の僕の頭を撫でて満足そうに笑うフラタシャイの幻影だった。

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