メインディシュ

□梅雨ごはん
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これは本当にうつつなのだろうか。
この世界はまやかしなのではないか。
わたしは、これで本当によいのか。


梅雨の季節は好まない。じめじめと湿気っぽい上に雨のせいで足元がぬかるみ、作業が滞る。そんな状況の仕業なのか気分まで辛気臭く滅入ってしまい、今のようにおかしな感傷に浸る羽目になる。戦では凶王だなんだと騒がれる自分でさえ例外ではない。
「石田様、昼餉にございます。」
部屋の前に人の気配が現れる。私は見向きもせず口を開いた。
「いらん。」
「え〜〜?連れないっすよ、一緒に食いません?」
「……左近か。」
許可していないというのにするすると戸が開かれる。そこには二人分の昼餉を携えた左近が立っていた。
「結構上手でしょ? 女中のものまね。」
「くだらん。」
目の前に小さな器が運ばれる。私はそれを一瞥すると片手で突き返した。
「執務中だ。いらんと言っている。」
「えーー? 食べましょうよ。勿体無いじゃないっすか。」
「貴様が私の分まで食せ。」
「いいんすか!?」
左近が目をきらきらと輝かせる。許可する、と告げると嬉しそうに立ち上がった。
「じゃあ、お邪魔にならないように俺は退散しますね! 失礼しました!」
「……待て。ここで食して行け。」
「…………いいんすか?」
もう一度、許可する、と告げると左近は小さく声を上げて微笑んだ。
「お隣、失礼しますね。」
「勝手にしろ。」
室内に心地よい沈黙が訪れた。せめて邪魔をしないようにという配慮か、左近は一言も発しない。しかし、左近が側にいるという気配は確かにある。存在している。それがこの上なく心地よかった。
半分ほど食器が空になった頃、私は筆を置いた。
「あ、終わったんすか?」
顔に米粒を付けたまま、左近がこちらに振り向いた。頷くと、自分の事のように目を丸くして喜んでいる。
「結構な量あったんですよね! 凄えっすよ!」
「当然のことだ。」
そう答えた瞬間、頬に何かが当たった。それが左近の唇だと気付くまで、少しだけ掛かった。
「左近……!?」
「お疲れ様っす。」
自分の顔がじわじわと赤くなるのがわかった。
「飯食ってる最中なんで、これが限界っすけど、夜になったらもっといい事しましょうね。」
「……貴様…………!!」
聞こえないふりでもするかのように、再び口に昼餉を運び始めている。顔の熱を持て余したまま、私は左近を睨みつけた。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

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